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オンライン動画配信シリーズ 『なるほど,そうだったのか!15分動画で理解できる   品質管理の“ちょっといい話”』「「顧客満足は正しいことなのですか?」についての質問」  (2022-4-11)

2022.04.11

超ISO企業研究会が配信している動画のうち「顧客満足は正しいことなのですか?」について以下のような質問をいただきました.

 

【質問】

「顧客満足は正しいことなのですか?」の中で,品質は目的適合性だと解説されています.これは,正にJIS Z 8101の品質の定義ですが,2000年以降のISO 9001では,要求事項適合性が品質の第一義となってしまいました.何でもかんでも要求事項ありきの考え方には,私も納得していないのですが,認証取得を前提とした場合,使用目的と要求事項,どちらを優先すべきですか?

 
 
 

わずか15分程度の短時間の「ちょっといい話」に対する質問としては,かなりの予備知識や背景となる概念を熟知していなければできない,非常に深い内容のもので,この質問をお送りいただいた方は,品質,品質マネジメント,TQM,ISO,JISなどについて,かなり広く深い知識をお持ちとお見受けします.この質問に対しては,かなりマジメにお答えすべきと受けとめまして,メルマガ1回分を使って回答を差し上げたいと思います.

 

■品質=目的適合性

 

品質とは「目的適合性」であるとの考え方は,実は,近代の品質管理のかなりの初期から合意され共有されていました.

 

私が学生のころ,ということは50年以上前のことになりますが,石川馨先生の授業で「真の品質特性」,「代用特性」という言葉を教わりました.その時の例は,新聞社が発注するロール紙です.輪転機をぶんぶん回して短時間に大量の新聞を印刷するあの紙です.新聞社の要請は「破れない紙」です.これに対して製紙会社は,「これはJISウンタラに適合する破断強度○○以上の紙です」と応えます.「破れない」が真の品質特性,「破断強度○○以上」が代用特性というわけです.

 

戦後日本の経済成長を支えたわが国の品質管理は,アメリカから教えられた科学性に,人間性を加味し,独自の発展を遂げました.日本の品質管理の歴史において,その概念体系がほぼ固まる1960ごろには,品質とは「目的適合性」であるという理解が共有されていたのです.

 

それより以前,日本の品質管理の発展の恩人は,デミング賞のWilliam E. Deming博士と,アメリカのJoseph. M. Juran博士と言ってよいでしょう.動画でもご紹介しましたが,そのJuran博士は,品質とは「使用目的に対する適合」(fitness for use;使用適合性)と言っていました.また,日本の近代的品質管理の父といってよい石川馨先生(東大教授→東京理科大教授→武蔵工大学長,初代経団連会長・石川一郎氏の長男,1915-1989)は,品質とは「消費者が望む品質」と言っていました.

 

このように,近代の品質管理の初期から,品質とは目的適合性と理解されていました.品質に関わる最も重要な考え方は「顧客志向」ですが,これは考察の対象を「外的基準」で評価することを意味していて,それはとりもなおさず「目的志向」です.品質概念とは目的志向の思考・行動にほかなりません.

 

■要求事項

 

「品質」に関して,古くからこうした認識が一般的であるにもかかわらず,なぜISO 9000の世界では,品質とは「要求事項への適合」という定義・説明をするのでしょうか.私たちが日常用語として理解している「要求事項」という言葉のニュアンスが,品質の分野でいう「要求事項」と微妙に異なっているからかもしれません.

 

ISO 9000シリーズの用語規格ISO 9000:2015で取り上げている関連用語の定義のうち,注記(Note)を除いた定義本文は以下のようになっています.

————————————————————————————————————————-

3.6.4 要求事項(requirement)

明示されている,通常暗黙のうちに了解されている又は義務として要求されている,ニーズ又は期待.

 

3.6.5 品質要求事項(quality requirement)

品質(3.6.2)に関する要求事項(3.6.4).

 

3.6.2 品質(quality)

対象(3.6.1)に本来備わっている特性(3.10.1)の集まりが,要求事項(3.6.4)を満たす程度.

—————————————————————————————————————

 

同様に,2000年版では以下のように定義されています.

————————————————————————————————————–

  1. 1. 2 要求事項(requirement)

明示されている,通常暗黙のうちに了解されている,又は義務として要求されているニーズ若しくは期待.

 

  1. 1. 1 品質(quality)

本来備わっている特性(3. 5. 1)の集まりが,要求事項(3. 1. 2)を満たす程度.

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さらに,1994年版の用語規格ISO 8402では以下のように定義されています.

—————————————————————————————————————

2.3 品質要求事項

ある“もの”(1.1)を具現化し評価できるようにするため,その“もの”の特性に対するニーズを表現したもの,又は定量的若しくは定性的に述べた一組の要求事項へのそれらのニーズを変換したもの.

 

2.1 品質

ある“もの”(1.1)の,明示された又は暗黙のニーズを満たす能力に関する特性の全体.

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これらから,「要求事項」とは,一貫して「ニーズ又は期待」を意味していたことが分かります.そしてその要求事項には,①明示されている,②通常暗黙のうちに了解されている,③義務として要求されているものの3種類あるとしています.

 

「要求事項」とは,3種類の限定修飾語がついた「ニーズ又は期待」ということですので,顧客視点での使用適合性,顧客志向の目的適合性を問題にしていることが分かります.

 

そういえば,1980年代に“Quality is Free”(品質はタダ.品質はタダで手に入る)という本で有名になったアメリカの品質コンサルタントのPhilip B. Crosbyは,品質を「要求への適合」(conformance to requirements)と定義・説明していました.英語の“requirement”は,適切性や必要性を満たす基準・要件を意味しますので,目的への適合性を問題にしていると理解して良さそうです.私たちは,「要求」という日本語に含まれるニュアンスに惑わされているのかもしれません.

 

さて,これまでの説明で気になったことはありませんか.「品質」の定義が,1994版と2000年版以降とで異なっていることにお気づきですか.ご質問にはありませんでしたが,このような深い質問をされる方で,きっといつか不思議に思われるでしょうから,少しご説明しておきます.

 

2つの点での変化があります.第一は,品質とは「特性」なのか「程度」なのかということです.1994版までは「ニーズを満たす能力に関する特性の全体」と定義されていました.2000年以降は「特性の集まりが要求事項を満たす程度」です.2000年改訂の折に,品質の定義として「顧客満足」が候補に挙がったこともあり,特性そのものではなく,その特性が要求を満たす程度と変更しています.

 

第二は,2000年版以降では,「本来備わっている(inherent)」特性のみを対象にするように変えたことです.価格や提供タイミングなど,考慮の対象にそもそも内在されておらず,あとから付与される特性は品質を構成しないというのです.私は個人的には反対です.顧客のニーズ・期待には,当然のことながら,いくらであるとかいつ入手できるとかが含まれるからです.

 

■ISO 9001:2015の適用範囲

 

さてここまでは,ISO 9000シリーズ規格全般に適用される定義についてです.当然のことながら,ISO 9001と9004では,どこまでの「品質」を保証することになるのか変わってくるはずです.QMS認証の基準となっているISO 9001はどの程度を要求しているのでしょうか.

 

ISO 9001:2015の適用範囲を以下に引用します.

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1 適用範囲

この規格は,次の場合の品質マネジメントシステムに関する要求事項について規定する.

  1. a) 組織が,顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項を満たした製品及びサービス

 を一貫して提供する能力をもつことを実証する必要がある場合.

  1. b) 組織が,品質マネジメントシステムの改善のプロセスを含むシステムの効果的な適用,

 並びに顧客要求事項及び適用される法令・規制要求事項への適合の保証を通して,顧客

 満足の向上を目指す場合.

この規格の要求事項は,汎用性があり,業種・形態,規模,又は提供する製品及びサービスを問わず,あらゆる組織に適用できることを意図している.

注記1   この規格の“製品”又は“サービス”という用語は,顧客向けに意図した製品及び

    サービス,又は顧客に要求された製品及びサービスに限定して用いる.

注記2   法令・規制要求事項は,法的要求事項と表現することもある.

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まず,b)項に注目して下さい.「QMSの効果的な適用」と「要求事項への適合の保証」を通して「顧客満足」の向上を目指す,とあります.ISO 9000における「顧客満足」とは顧客を徹底的に満たすことではありません.顧客がどう受けとめているかに関心を持つことです.要求事項として,前述した①明示,②通常暗黙の了解,③規制のうちで,広めに解釈できるのは②でしょうが,認証取得のためにそれほど広く考えなくても許されるでしょう.

 

次に,注記1に注目して下さい.問題にしているのは顧客に提供することを意図している製品・サービスのみです.環境負荷や,製品・サービスの実現・提供における諸活動の社会的影響は除外しています.

 

■QMS認証制度のなかで

 

さて,「品質」や「要求事項」の意味そのものはかなり広くても,それが認証制度における基準となると,コトの性質上むやみに拡大解釈をすることもままならず,ときに矮小化されたレベルが常識となりかねない状況で,心ある認証組織はどう振る舞えばよいのでしょうか.

 

私は,認証組織は,認証の維持に必要な投入資源を考慮して,認証取得の目的に応じた対応をすべきと考えています.認証組織の見識にも依存しますが,いくつかレベルがあるでしょ.

 

レベル1:社会ニーズの考慮

そもそも認証基準は社会ニーズに適合したものであるべきです.QMS認証の基準文書であるISO 9001:2015の各箇条の“意図”を読み取り,この社会がQMS認証組織に対して要求するレベルを考察したうえで,認証機関・認証組織の双方が認証基準を本質的なものにすべきと思います.

 

レベル2:QMS認証の活用

何らかの理由でQMS認証を維持しなければならないのなら,これを利用して自らの組織の事業目的に益するように活用することを考えるべきではないでしょうか.一つの方法は,事業目的達成に必要な組織体質構築を意図した「品質マニュアル」を作成し,これを基準に認証審査を受けるようにすることです.

 

レベル3:事業戦略実現のためのQMS構築

QMS認証にとらわれず,その基準文書であるISO 9001をベースにして,事業戦略実現のためのQMSの設計・構築・運用・改善をめざすことまで考えてはいかがでしょうか.

 

QMSは手段です.そのQMSに実装すべきは,然るべき利害関係者に適時適切に価値を提供するための必要な組織能力です.ただ単に,受動的に認証を取得・維持するのではなく,このQMSモデルを自組織のために活用していく自律性を持ちたいものです.

 

(飯塚悦功)

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