未だに頻発する品質不祥事を防止するために何が必要か? 第12回 『健全な組織体制・風土の特徴(6)自律(後)』 (2021-10-11)
2021.10.11
■自律,自立,自治
「自律」(autonomy)に類似の用語としては,「自立(independence),「自治(self-government)がありますが,それらを総称して「自律」と表現しています.ここで強調しておきたいことは「○○依存からの脱却」ということです.独自の価値基準,リスク・責任,挑戦・提案・定義,フォローアーでない,パイオニアなど,先週述べてきた精神構造,行動様式をイメージしてのことです.
私が東大にいるとき,卒業生に対する祝辞として「エリートになれ」と言ったことがあります.逆コンプレックスとでもいうのでしょうか,東大生は「エリート」と言われたくないようです.その弱みを突く感じで刺激的なことを言いました.「エリートの条件には3つある.第一は頭が良いこと,第二は利己的でないこと,第三に自律的であることだ」「頭が良いとは,①目的志向の思考・行動様式,②因果関係,目的・手段関係の考察,③本質把握,抽象化能力だ」「利己的でないとは,自分のためでなく世のため人のために生きるという意味だ」「自律的とは,自分なりの価値基準を持ち,自分で計画を立て,自分やり,リスクを取ることだ」というような具合です.優れている人は自律的であるべきだし,そういう人の比率の多い組織は自律的になるでしょう.そして,自律的な組織というものは,自律的な人をつぶさないものと期待できます.
自律の反対は「他律」で,「他律的組織」というのもあります.何らかの意思決定をするとき,自らの価値基準が不明確であるとか,判断軸がフラフラしてしまう組織です.何か決めるとき,前例踏襲にこだわったり,もう少し様子を見ようと言ってみたり,情報不足,不確実だとして提案を保留にしてしまう組織です.決断には,多かれ少なかれリスクや不確実性を伴うものですが,これを克服できる見識や度胸,あるいは確固たる価値基準がない組織です.これが個人レベルに蔓延してくると,火中の栗を拾うことなどしなくなり,受け身,消極的,当事者意識不足,熱意不足の組織と成り下がっていくことになります.
それにしても,日本人には自律的な方は少ないようです.国際会議がそうです.言語という壁もありますが,情報収集と対応を主とし,意見・提案をし,周囲の鼻づら引き回すような方はまずいらっしゃいません.
そのむかし,慶大名誉教授,言語学の鈴木孝夫先生の「他律型文明の国ニッポン」という講演を聞いたことがあります.日本人は「他人の基準で自分を評価し,自分が劣っていることに愕然とし,憤然と努力するマゾ型精神構造の国ニッポン」なんだそうです.「舶来信仰」とか,「日本人離れした美人」という褒め方,英語へのあこがれの裏返しとしての日本語劣等論など,非常に興味深く,2時間の講演を全く眠ることなく聞きました.
日本語劣等論に対する指摘も面白かったです.文法構造が全く違うのに,英語の5つの文型(覚えていますか.SV, SVC, SVO, SVOO, SVOCとか習いました)に合わないから日本語は劣っているというのはおかしいというのです.「象は鼻が長い」とか「リンゴが好きだ」は正しい日本語ですが,5文型のいずれでもありません.日本語は,主題提示+叙述という構造をしているのであって,主語だ,動詞だと騒ぐな,というわけです.「天気が良い」と言いたいときに,英語ではなぜ“It is fine”などと“it”という「神」を持ち出すのだ,というような次第です.“I am a boy”“He is a boy”も“I be a boy”“He be a boy”でよいではないか,彼らは記憶力が悪くて“I”だったか“He”だったか忘れてしまうので“am”とか“is”とか言っているのか,こうした変化がないという理由で日本語が劣っているという説には賛同しかねるということでした.笑いの連続でしたが,ほろ苦くもありました.
日本人があまり自律的でないことに関連して,日本人はあまり独創的でない,画期的提案が少ないなどといわれます.本当でしょうか.私には,日本人が元々持っている才能,遺伝的形質が劣っているとは思えません.日本という社会,家庭,学校,会社などで生きていくうちにそうなってしまうのではないでしょうか.「出る杭は打たれる」といいますが,そうだなぁと思います.「出る杭を伸ばせ」というような文化のある組織に数年以上いれば,ずいぶん変わるでしょう.17条の憲法の「和を以て貴しとなす」もよいですが,これにも両面があることに注意しなければなりません.
新たなニーズを認識し,それに伴う新たな概念を定義し,新たな実現構想を考案し,提案するという過程のどこかで,つぶされてしまうのではないでしょうか.「先例はあるか」とか「そんなの見たことも聞いたこともない」などと言わないでほしいです.無いから提案しているのですから.「皆は何と言っている?」というのもやめてほしいです.あなた自身の考えを聞いているのですから.
「変化」というキーワードを挙げたのは,変化への対応においては自律が必須だからです.変化するということは,良し悪しの基準,勝ち負けのルールが変わるということです.変化する時代においては,何が良いか,何が重要か,何が好まれるかという判断の基準を変えていかなければなりません.ニーズが変化したら,その変化したニーズに適合する価値を提供すべきです.闘いのルールが変わったら,いままで有利だったものがそうでなくなります.周囲の変化に対応して,自らの価値基準を適時適切に変えていくべきです.まさに「君子は豹変す」です.もちろん変えてはいけないものはありますが,変えるべきものは変えていかなければなりません.時代に相応しい価値基準を維持し続けていきたいものです.そのためには自律,自立,自治の心が重要で,自らの価値軸を常に意識したいものです.
飯塚悦功