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未だに頻発する品質不祥事を防止するために何が必要か? 第10回 『健全な組織体制・風土の特徴(5)愚直(後)』   (2021-09-27)

2021.09.27

■賢者の愚直

 

「愚直」に関して,上に取り上げたキーワードに,もう一つ加えておきます.それは「賢者の愚直」です.この「愚直」は「いわばバカ正直にルールを守る」というような意味です.

 

PDCAのなかで,最も重要なのは,Dではないでしょうか.行動しなければ何も起こりませんから.Doにおいては,まずは計画通りに実施すべきです.ケースバイケースで局所最適策を求め,解釈によって柔軟に対応する方法を,要領よく賢いと考える方がいらっしゃいますが,組織で業務を行う際の行動原理として,私はお勧めできません.局所最適のルールが全体最適・長期的最適にならないことはよくありますし,何よりもルール軽視の考え方の蔓延がもたらす害は計りしれません.

 

何十年も前に印象に残る経験をしました.テレビの組立ラインの調整工程でのことです.担当のAさんが産休に入り,Bさんに交代しました.調整というのは製品の状況に応じて適切に対応する難しい業務で,2人とも優秀な方でした.交代後に調整不良が激増しました.まず,Bさんが標準通りに調整したかどうか調査しました.守っていました.調整標準が正しくないことになります.そこでAさんに確認してみました.「ええ,調整手順通りでは上手くいかないので工夫しました」

 

これに対する製造課長と私の対応案は真逆でした.課長は「誉めたい」,私は「叱るべき」でした.私は「悪法も法,法を正したうえで新たなルールに従うべき」と主張しました.ルールを守ることが原則で,ルール・手順の不備に気がついたら申し出て組織的に直すべきと思ったからです.そうしなければ,皆が勝手な方法で仕事をする無法状態になりかねないと懸念したからです.

 

Aさんは,叱られてもその意味を理解できる賢い方ですので心配はいりません.ルール・手順に組織の知恵を埋め込んで,組織全体を一定レベル以上にし,また改善において,組織の知恵の実体としての標準を改訂し組織として成長すべきです.標準とはそのような成長の基盤なのです.

 

のちに「ABCのすすめ」と言うようにしました.「(A)当たり前のことを,(B)ばかにしないで,(C)ちゃんとやる」ということです.「(A)当たり前」とは,望ましい結果が得られる優れた方法を知っているということです.「(B)ばかにしない」とは,望ましい結果が得られる理由を知っているということです.そして「(C)ちゃんと」とは,やるべきことは誰も見ていなくも愚直にやるという意味です.「愚直」は,確かにルールを遵守するのですが,きちんと訳が分かっていて,合理的だから遵守しているということです.それで,私はこれに「賢者の愚直」という副題をつけました.

 

京懐石の一流の料理人が良いことを言っていました.橋本幹造という人です.そのむかし,まだ有働アナウンサーが担当していたころのNHKの「あさイチ」で,月に一度,和中伊の3シェフが家庭でもできる料理を紹介する番組の和食の担当でした.彼の店にイタリアン担当のマリオというシェフが遊びに来て「もっと要領の良い方法があるのに,なぜそんなにきちんとやるのか」と聞いたそうです.橋本さんは手抜きをしません.マリオの質問に対する彼の反応には感動しました.「自分が下手くそで『まずい』と言われるのは仕方ないが,手抜きをして『まずい』とは言われたくない」と言うのです.ちなみに彼の料理は「まずい」どころか超一流,別格です.

 

サッカー日本代表の元監督の岡田武史氏は,「勝負の神様は細部に宿る」と言ったそうです.負け試合を分析してみると,ちょっとした手抜きが発端になっているそうです.やるべきことは,些細に見えても,多少つらくても,きちんとやる,これが基本だというのです.私は,こうしたことを総称して「賢者の愚直」と言っています.賢者でありたいものです.

 

愚直には,合理性ゆえにルールを遵守するというほかに,「公式性の理解」に基づく愚直というのもあります.組織風土・文化を取り上げるにあたって不祥事から話を始めました.不祥事のなかには,例えば,顧客との契約より厳しい社内基準で運用しているという理由で,契約に定めている検査を経ずに出荷していたという事案があります.「実際には合格しているのだから,改めて検査することもない」という論理なのでしょう.しかし,正規の検査を経て正式に確認されたという「公式性」が重要だという認識をしていなかったのが問題です.

 

私自身,似たような経験をしたことがあります.大失敗でした.原子力安全規制が,現在の体制になるより前,まだ経産省の保安院が規制を行っていた時代,私はその一つの部会の委員でした.品質保証の専門性を期待されてのことです.英国のBFNLという会社から,原子力発電用のMOX燃料を輸入していました.そこで品質保証データの改竄問題が起きたのです.

 

保証特性は燃料の寸法でした.製造工程で全数を自動検査するのですが,全く同じ方式の検査を一部のロットについて実施し,検査成績書を添付して出荷していました.この品質保証検査を実施せずデータ改竄していました.改竄の方法は,以前の検査ロットのデータをコピーし,一部の数値を適当に操作するという簡単なものでした.

 

私が所属していた部会でデータ改竄の疑念があると問題になりました.データの性質から,まず間違いなく改竄していると言いましたが,他の委員は誰も取り上げてくれず,そのまま了承となりました.私が行ったチェックは簡単なもので,下一桁の数値の前ロットの数値との類似性でした.一致している割合が異常に高かったのです.改竄するにしても,何とも芸の無い方法です.

 

燃料を積んだ船はすでに出航していて,これを途中で止めるとなったら多額の取引に影響がでます.品質特性は寸法で,容器に入る大きさなら,機能上重要な特性というわけでもありません.製造で全数検査していますので,改めて品質保証データとして測定しても,たぶん問題はないはずです.その燃料を購入する日本の電力会社の担当の方も,大学の研究室にまでやってきて,「間違いない.大丈夫」と,私を説得しようと懸命でした.

 

私も,改竄してはいるだろうが,実物は大丈夫なのだから,と強弁はしませんでした.それが間違いでした.そうこうするうちに,BFNLの担当者が不正をしていたと白状しました.このとき私が学んだのは,良いということが分かっていても,正規の手続きで正しいということを公式に証明して見せることの重要性でした.委員会で,このことの意義をもっと説いて,止めるように強く言うべきだったと深く反省しました.

 

「愚直」は科学的合理性を求めますが,同時に,軽薄なエセ合理主義を排するという意味もあるということです.

飯塚悦功

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