未だに頻発する品質不祥事を防止するために何が必要か? 第2回 『再発する不祥事』 (2021-08-02)
2021.08.02
■再発する不祥事
様々な事故・不祥事の例を挙げましたが,こうした事案のあとには,実に神妙に,次のような釈明・反省が繰り返し表明されてきました.
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・いつの間にか創業当時の企業風土が劣化していた.
・いつのまにか利益偏重企業になっていた.
・その事象に対するトップの認識,リーダーシップが弱かった.
・組織内に本当のことを議論する自由闊達な雰囲気がなかった.
・組織内にマンネリズムが蔓延し危機感が足りなかった.
・効果ある教育訓練がされていなかった.
事故はともかく不祥事については,1980年代半ばまでの高度成長期にはあまり話題にはなりませんでした.遠因,背景要因の一つとして,成熟経済社会に移行して収益構造が変わり,以前と同程度の利益を追求するなかで上記のようなことが起きているのかもしれません.とくに1990年代半ば以降も続くデフレ期の経営においては,不祥事の起きにくい組織風土,文化,価値観を醸成しなければならなかったにもかかわらず,ここに気づかず以前と変わりない経営スタイルを続けてきたことが背景にあるのかもしれません.
実際,こうした現象は,どのような組織にも多かれ少なかれ見られるもので,真面目に受け止めると,明日にでもわが組織にも何か起こるかもしれない,というような気になってしまいます.
不祥事を起こした組織は,それこそ深く反省し,「二度とこのようなことが起きないようにいたします」と誓います.それでも,不祥事・事故は再発しており,社会的学習は進みません.もしかしたら,「あの人あの部門があんなことをしなければ」というタイプの“悔い”の気持ちの方が強く,自身の組織体質を抜本的に改善・改革しようという形の反省になっていなかったためなのかもしれません.ときに同じ企業が事件を起ことも散見され,組織体質という表現を使いたくなってしまいます.
事件・事故が社会的問題とされる状況を理解するには,少なくとも3つの視点が必要です.第一は,まさに「なぜ起こるか」という発生原因についてです.いろいろあり得ます.例えば,未成熟な技術,マネジメントシステムの不備,ヒューマンエラーが原因となり得ます.あるいは,真っ当な価値観の欠如,問題のある組織体質,組織風土・文化が要因かもしれません.はたまた,起こり得るリスクに対する感受性が乏しいがゆえの,幼稚なリスクマネジメントも考えられます.
第二は,「なぜ大きな問題になるか」という問題拡大原因についてです.事件を起こしたこと自体に関わる価値観,組織体質などや,職業的正直さ(professional honesty)の欠如,あるいは稚拙なリスクコミュニケーション(リスクに関する正確な情報を関係主体間で共有し,相互に意思疎通を図ること)などが,問題を大きくしている例もあります.
第三は,社会ニーズ・感受性の変化でしょうか.横浜医大病院の患者取り違え事件を契機に,医療事故に関する社会の感受性が高まったことは間違いありません.社会の価値観の変化に応じて,民事での訴訟は増え,また検察による刑事訴追への閾値も低くなっているように感じられます.説明責任(accountability;アカウンタビリティ)やCSR(corporate social responsibility;企業の社会的責任)に関する,社会の感覚も鋭くなっています.そして,事件が起きたあとの稚拙な対応にも鋭く反応する社会になっています.
このようないろいろな意味で,「不祥事・事件が起きやすい社会」になっていると考えるべきです.
■事故・不祥事を起こしやすい組織
この20年余りの様々な不祥事・事件を見てきて,私は,事故・不祥事を起こしやすい組織には,多かれ少なかれ以下のような特徴があると思うようになりました.こうした特徴の理解を,事故・不祥事の発生しにくい組織風土がどのようなものであるかを考察する糸口にしたいと考えています.
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・内向き
・内部コミュニケーション劣悪
・属人的意思決定
・希薄な思想・哲学
「内向き」とは,思考・行動様式が,組織内部の価値観重視,利己的で,外部から何を期待されているか,どう見られているかにあまり意識が向かないという意味です.個人の場合ですと,利己的,自己中心的,過度な自己愛ということで,程度にもよりますがあまり歓迎されず,一概には言えませんが,優秀な割に良い仕事ができないようにも思います.
逆に,優れた組織は「外向き」と思います.それは外部に迎合するとか,自分という軸がないという意味ではなく,自律していて,かつ周囲の環境のなかで自分が何をすべきか問い続ける組織風土を意味しています.一つの方法は,外に対して開くことで,透明性の確保,積極的な公開・開示,説明責任意識,IR(investor relations;投資家向け広報活動)の重視などでしょう.もう一つは,外部の血を積極的に入れることで,人事において価値観の異なる人材を積極的に登用するとか,見識ある社外取締役を採用するなどでしょう.こうしたことで,いわゆるガバナンスの強化が期待できます.
「内部コミュニケーション劣悪」とは,組織内部の上下・左右のコミュニケーションが悪く,おかしなことが起きても見逃されやすいということです.事件後の記者会見の席で,社長が現場の状況をよく把握していない実態を生々しく見せてしまった例もありました.
優れた組織は,風通しの良い,自由闊達な意見を言える風土を確立しています.まずは,組織内部の透明性の確保に力を入れるべきで,それにより情報共有,価値観共有が進みます.さらに,意見を表明しやすいコミュニケーションルールを確立すべきで,建設的な批判が自由にできるようにしたいものです.
「属人的意思決定」とは,意思決定にあたり,妥当性・合理性よりも,誰が何を考えているかに左右されるという意味です.社長や会長の顔色を窺って,事実や論理に反する意思決定を容認してしまうような組織風土のことです.タイコ持ちの多い企業はアブナイということです.
この手の組織の病巣は深く,経営上層がおかしなことになったとき抑えが効きません.ワンマン社長にモノも言えず,「唯々諾々文化」が蔓延し,「見ざる言わざる聞かざる」,そして「考えない組織」は危険です.ワンマンになる理由は,ある種の優秀さにありますので,狂ってきたときにそれを抑止するのは容易なことではありません.でも,権力は腐敗しますし,どんなに優秀でもだんだん周りが見えなくなってきて判断を誤るようになるのが人間というものの常です.
組織には階層がありますので,たとえ正しいことでも,上にモノを言いにくいという現象が多かれ少なかれ起きます.これを打破するのが,事実重視,「たとえ誰が何と言おうともクロはクロ」という原則の浸透です.また,上に立てばたつほど,指示事項の根拠を説明することを心掛けるのもよいことです.さらに,トップが狂ったら首を切れる組織構造を工夫するのも手です.家老に政治をやらせ,番頭に経営をやらせ,殿様やオーナーという別系統の諫言する人や人事権者を置くという方法は昔から使われてきました.
そして「希薄な思想・哲学」とは,いわゆる組織のDNAといわれるような,真っ当な価値基準や行動原理が確立していない組織という意味です.家訓,社是,理念,○○Wayなど,組織が重視する価値観,思想,行動原理が確立していないと,いざというとき軽薄な合理主義が頭をもたげ,判断を誤り,そしてその判断の誤りを長いこと修正できなくなります.
企業は,哲学者の集まりではありませんし,また宗教集団でもありませんが,何らかの行動をするときに,事細かな理屈を抜きにして遵守すべき基本的考え方や行動原理を定めておく方が間違いありません.すべてを考慮して常に正しい判断をすることは一般に難しく,そうであるなら,深く考えずに従ってしまう真っ当な思想や行動原理を決めて,自然体で行動できるように浸透させておく方は間違いが少なくなります.
飯塚悦功