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本日から、品質部門配属になりました 第56回 『組織内外への情報発信』(その2)   (2021-06-28)

2021.06.28

TQM大誤解シリーズ「組織内外への情報発信」についての2回目です。

中山さんは品質会議担当として「組織内」への品質情報の発信について課長からの要請に応え、手順書案を作成しましたが、「組織外」への情報発信についてはまだ手が付いていません。中山さんは組織外へ品質情報を発信するのは「なぜ」か、という根源的な問いかけを自分にしています。

中山さんは、広く社会に名前を知られた大企業が品質不祥事を起こし、記者会見を開いて社長が頭を下げる風景を何回もTVで見てきました。中山さんのA社はいわゆるBtoBビジネスを展開していますので、市場に製品を提供する組織のように社会一般に情報発信する必要はないと思ってきましたが、一般消費者に無関係だと思っていた「素材メーカ」が不祥事を起こし記者会見を開いている様子をTVで見て他人事には思えなくなってきました。たとえ、BtoBのビジネスであってもコンプライアンス違反のような事例が起きると、「最終製品への影響はどのようなものなのか」を社会から問われ、それに対して適切に対応しないと会社の存亡にもかかわる大変な事態になることが分かってきました。ある先輩は、「あんなことは、昔からどこの会社でも皆やっていることだ」と言っていますが、中山さんは時代が変わったのだから、A社も一度本格的にコンプライアンスについてのレビューをしないといけないと思い始めています。

 

それにしても中山さんには気がかりなことがあります。それは「コンプライアンス」という最近多く聞く言葉についてです。どうも品質保証とコンプライアンスは無関係ではなさそうです。A社の「組織外」情報発信はどうあるべきかを検討する前に、コンプライアンスについて調べることにしました。
 
1.コンプライアンスと品質の関係

コンプライアンスについては定着した定義はありませんでしたが、社会通念としては次のようなものであることが分かりました。

コンプライアンスは、英語“compliance”からきたカタカナ用語である。日本語では「遵守」「適合性」などと訳され、ビジネスの世界では「法令遵守」のことと理解されている。法令の意味は広く捉えられていて、法律、条例はもちろんのこと、業界基準、社会通念上のルール、マナー、モラルまでもが含まれる場合が多い。したがって、コンプライアンス違反といっても、違反であるか、ないかの境目は明確でない。単に法律さえ守っていればよいというものではなく、約束したことを何度も守らない、他社の悪口を公共の場で言う(例えば電車の中で)、反社会的組織と接触するなど、いずれも法律違反のレベルではなくても社会規範の上で、あるいは倫理の上で問題視される。

「法に触れさえしなければいい」という安易な考え方は通用せず、社内ルールやマニュアル、社会規範となっている道徳的なモラルにも注意を払い、公正で誠実な業務運営をしなくてはならない。

世間を騒がせたコンプライアンス違反事例には、「産地の偽装」「リコール隠し」「無資格者による検査」など「品質不祥事」と呼ばれる事例が多くあります。その他、「粉飾決算」「脱税」「インサイダー」「横領」「談合」「個人情報流出」「過労死」「賃金不払い」など、品質関係以外のコンプライアンス違反事例もさまざま起こっていますが、中山さんは、後者の事例は法務、総務、経理など管理部門の範疇の問題だろうと考え、前者の品質不祥事問題についてもう少し調査をすることにしました。もし、社会で問題になっている品質不祥事問題の内容がA社にも関係するようなものであれば、「他山の石」として社内に警鐘を鳴らさないといけないと思っています。

 

2.品質不祥事問題とは

一口に品質不祥事といっても内容によって次の3つに分けられます。

① 品質不適合問題
組織の品質管理が弱体であることから、製品出荷前に品質不適合品を発見できず、不適合製品が顧客・社会に流出して社会的に大きな問題となったケースである。その過程では、意図的な不適合品の出荷や法律違反の認識はない。

② データ改ざん問題
組織の製造工程内、あるいは出荷検査において、意図的にデータを改ざんしたケースである。顧客と取り決めたスペックを外れても実際の使用では実害が生じないなどと勝手に判断して出荷したもので、意図的な品質不祥事として社会から指弾されている。

③ 法律違反問題
法律あるいはJISが定めた規格、検査方法、性能などについて法律違反であることを認識していたにもかかわらず出荷したケースである。

 

3.品質不祥事の発生要因

品質不祥事の内容は様々ですが、組織の製造工程(プロセス)から全品良品が得られれば、いずれの品質不祥事も生じないことは自明です。ところが実際の製造工程は、作業の動作、設備の加工条件、材料の配合比などの無数のばらつきや変化の要因により、良品をいつまでも継続して作り続けることが不可能な現実の中にあります。組織は工程(プロセス)で全品良品を作ることを目指すと同時に、出来てしまった不適合品の流出を防止し、顧客には100%良品を提供する活動をしなければなりません。

①品質不適合問題の要因
「品質は工程で作り込む」という原則が製造現場で死語となりつつある。「品質は検査で保証する」取組みも希薄になっている。日本の産業界が血道を上げて取り組んだ品質管理がこの30年間、多くの組織で忘れ去られようとしているが、重要な要因には次のようなものがある。

 (1) 「プロセス保証」の仕組みが弱い。
 (2) 業務の標準化がされてないか、弱い。

 (3) 標準を守る活動が弱い。

 (4) 品質管理教育が軽視されている。

②データ改ざん問題及び法律違反問題の要因

組織は、工程(プロセス)で全品良品作りを目指す、さらに出来てしまった不適合品は検査で選別し、顧客には100%良品を提供するべきである。しかし、品質不祥事を起こした組織は、品質ガバナンスの弱さから不適合品を流出させている。社長から売り上げ確保、利益の増大を毎期指示されると、「不適合品の発生している現状」の報告はしづらい雰囲気が社内には満ちていく。社長が率先して「悪い情報を吸い上げる」工夫をしない限り、部下は上司を“忖度”して本来取るべき活動を怠る。そこには、管理層が現場の実態を把握していない、把握していても上位職に報告せずやり過ごしてしまうことが少しずつ横行する。数年はそれで問題なく過ぎていくが、不適合品を正規ルールで処理しなくてもよい、という歪んだ慣行が組織内にできてしまう。いわゆるコンプライアンス違反の温床が出来ていく。

その要因には、次のようなことがある。

 (1) 社長と現場とのコミュニケーションの欠如

 (2) 現場のリソース(人員、資格者、設備など)不足

 (3) 育成・教育(法律教育、人材教育、倫理教育)などの手抜き

 (4) 不都合なことに真正面から向き合わない企業文化

 (5) 社長のコンプライアンス意識不足

 (6) 規格外でも使用品質に影響しなければ問題なしという倫理観

 (7) 企業創立時の理念、ビジョンの変質

 (8) 企業収益第一主義の蔓延

 

4.品質不祥事への対応

組織の品質不祥事への対応は次のようなことが有効です。
 (1) トップは、自ら現場へ出向き現場の意見を聴き、実態を知る。
 (2) トップは、現場の実態を知ることから現場のリソース(人員、資格者、設備など)不足に手を打つ。
 (3) トップは、不都合な情報こそ上げろと部下に指示を出す。
 (4) トップは、内部通報制度を活用して全社のコンプライアンス状況を把握する。
 (5) 現場は規格変更が承認されるまでは規格外品は出荷しない
 (6) 管理部門は、法律教育、人材教育、倫理教育などを計画し実践する。

 

中山さんは調査を終えてこれは大変なことだと感じました。社内で製品を出荷する前にデータを直すことはA社の多くの事例で経験してきたことです。

A社には顧客との間に「特別採用」の慣行が昔からありますが、手続きが面倒なことからデータを直して出荷するということが社内では普通なことになっています。顧客もうすうす気が付いているようですが、データ上は規格内に入っているので、使用実績があるという理由からでしょうが、顧客はA社を咎めてきません。時々データ修正の幅が大きいと、顧客からクレームが入りますが、その場合は代替品を無償で送ることで対応してきています。でもこんなことをこれからも続けていくことは、もはや許されないことは明らかです。

「データ修正」というとあまり罪の意識を感じませんが、やっていることは明らかに「データ改ざん」です。「会社のボールペン」を自宅に持ち帰って使っていることは「横領」だと書かれていましたが、自分たちも同じようなことを行っているのです。

 

深刻なことは、品質管理データを纏めるという中山さんの目から見て、明らかに製造工程の品質管理が弱くなってきていることです。「品質は工程で作り込む」という原則は、製造現場で死語となりつつある、と論評されていましたが、まさしく当社もそうだと切実に思っています。ただ、トップが現場を回ったり、直接作業者に語り掛けたりする姿を時々見ているので、トップが利益ばかりを追っている、という解説はA社のトップには当てはまらないと感じています。

 

中山さんは組織外への情報発信の検討前に、社内へのコンプライアンス意識の徹底、このまま続けていることへの警告、対応の仕方、特に製造工程の品質管理の強化などの検討を至急すべきである、と課長に提案しました。

課長は驚いたふうはなく,さもありなんといった顔で次のように言いました。

「規格外品であることを知りながらの顧客への送品」は、長年の当社の懸案問題で、私が品質部門に来たのもその対応をトップから指示されてのことである。多くの時間と努力、実績を積み重ねて得た信用は、たった1度の不祥事で簡単に崩れてしまう。失った信用を取り戻すのは容易でなく、倒産に追い込まれることもある。幸いトップはコンプライアンスに対する意識が高く、極力早く今の状況を改善するように思っている。

まずは製品規格を厳格に守ることを製造部門、検査部門に指示しよう、そのための活動を品質部門が主導したいので計画作りに入ってもらいたい。第一ステップは検査の厳格化であるが、早急に第二ステップの工程保証の活動に入る計画にしてほしい。

 

実は中山さんは組織外への情報発信について次のようなことを考えていました。A社の顧客をはじめその他の利害関係者(アウトソース先、外注・関係会社、供給者、株主・投資家,地域・社会など)に品質に関係する情報を発信することにより、今後の信頼関係をより高めたいと思っていました。

 1.当社製品がどのようなニーズ・期待の実現を意図しているのかを、顧客目線から正しくわかりやすく
   伝える。

 2.顧客との“対話”において顧客のニーズ・期待を鮮明にして、そのニーズ・期待を実現する手段として当
   社製品を選択していただけるよう発信する。

 3.顧客が製品特性を理解し、安全に使いこなせるようになるための当社製品の事前サポート体制を発信す
   る。

 4.当社製品に関しての保守サービス体制を発信する。

 5.SDGsの叫ばれる今日、廃棄回収に関わるサービスや適正な廃棄回収・リサイクルのための情報提供を
   発信する。

 6.顧客から市場に出される最終製品にA社製品不具合がどんな影響を及ぼすかの分析・評価する方法を発
   信する。

 7.あってはならないことであるが、もし社内でのコンプライアンス違反が社会から指摘された場合の対応
   について、総務部と相談をしておく。

 

これらの組織外への発信において特に留意すべきことは次のようなことだと考えていました。

 ・事実を客観的に発信する。

 ・できるだけデータに基づいた可視化された情報にする。

 ・継続的に発信する。

 ・会社の対外イベントと同期化する。

最後の対外イベントとは、得意先商品説明会、外注・関係会社懇話会、系列会社説明会などのことであり、そこで使用される資料の中に品質情報を記載したいと思っていました。さらにA社の発行するIRレポート,有価証券報告書にも品質関係について記載することを想定していました。そのためには、総務課の広報、企画担当者と連携することも重要だと思っていました。

 

しかし、組織外への情報発信を具体化させる前に、「なぜ」情報発信をするのかを自問したことから、コンプライアンス違反、品質不祥事を知り、A社においても大変なことになる可能性があることが分かりました。組織外への発信を具体化させる前に、まずは早急に社内への警告、及びそれに基づく品質管理体制の再構築をせざるを得ないことになってしまいました。

中山さんは早く社内体制を整え、組織外に「A社の品質保証の取り組み、サービス」を正しく発信できるようにしたいと思っていますが、それには時間がかかりそうです。

(平林良人)

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