本日から、品質部門配属になりました 第51回 『経営における品質の意義の全社的浸透』(その2) (2021-05-24)
2021.05.24
「経営における品質の意義の全社的浸透」の第2回目です.
3.3 品質への投資
前回の3.1経営・事業と品質の関係,3.23.2 財務基盤・利益と品質の関係の考察より,品質とは経営・事業の中核に据えるべき事柄であり,経営・事業継続のための良好な財務基盤・利益を生み出す源泉であるといえます.その一方で,品質に関わる活動や取り組みを行うにはそれなりの経営資源を投入する必要があり,投入した経営資源に対してどの程度の効果が得られるのかという“品質の経済性”に関する議論が存在します.ここでは,主に品質コスト,品質ロスに関して説明し,“品質はコストではなく投資であると認識すべき”ということをご説明したいと思います.
(1)品質コスト
“品質の経済性”議論に関するもっとも代表的な話題は“品質コスト”であり,品質コストを予防コスト,評価コスト,内部失敗コスト,外部失敗コストの4つに分類するPAFアプローチ(prevention-appraisal-failure approach)が有名です.予防コストと評価コストは品質の維持に必要なコストであり,その品質の維持に失敗(例えば不良品や市場クレームの発生)する際に被る損失やコストであり,その発生箇所を組織内部と内部に区分して,内部失敗コストと外部失敗コストとしています.
そして,これら4つの品質コストを合計した総品質コスト最小化のためには,品質維持にかかるコストよりもその失敗によって被るコストである失敗コスト,とりわけ顧客への賠償,クレーム品の回収・改修費など額が相対的に大きくなる外部失敗コストの低減が重要です.つまり,予防コストと評価コストを充実することで,失敗コストを大幅に低減し,結果として総品質コストの最小化を図ることになります.
このような4分類で品質コストを捉えることの有効性が認められる一方で,久米均先生(東京大学名誉教授)がご指摘しているように(参照:“論説 品質コストについて”,品質,Vo1.14,No.1,1984),
・総品質コスト最小が利益最大化ではないこと
・総品質コスト最小が必ずしも製品コスト最小化を意味しないこと
・失敗コストでは失敗に伴って発生する見えない損失,すなわち機会損失をうまく評価できないこと
などから,品質コストは品質管理やTQM活動によって得られる効果の一部しか評価できていないという限界があります.
(2)品質ロス(機会損失)
上記(1)で品質の維持に失敗したコスト,すなわち失敗コストについて久米先生が指摘しているように,失敗コストではその失敗によって生じる目に見える損失ばかりではなく,目に見えない潜在的な損失,すなわち機会損失をも捉えるべきです.例えば,変動費分の製造原価が製品1個当たり1,000円とすると,不良品10個であれば10×1,000=10,000円の内部失敗コストとなりますが,これに伴う機会損失としては,
・その製品10個を仮に良品として顧客・市場に出して売れることによる売り上げ増
・不良品10個の発生に伴う不適合製品の管理コストや再生産の製造原価等の対応コスト増
・10個の製品の“再生産”に投下した人・モノ・カネなどの経営資源を,本来新たな製品の生産に投下されることによって得られたはずの売り上げ増
などがあります.さらに,内部失敗コストではなく,市場クレーム発生などの外部失敗コストを考えてみると,代替品交換費,補償費,製品回収費,損害賠償費などは目に見えるコストとして算出しやすいですが,その裏には機会損失として,市場クレームの発生による風評被害,企業のブランド価値低下に伴う売り上げ機会損失などがあります.これらの機会損失は,目に見える失敗コストの数倍以上(少なくとも3倍や5倍,事によると10倍も!)あるともいわれています.
(3)品質は投資である
上記(1),(2)をまとめれば,品質に関わるコスト・損失には内部/外部と,顕在/潜在の二つの側面があることに留意すべきでしょう.また,(2)の品質ロスから潜在的な機会損失が大きいことから,組織内部にしろ外部にしろ,失敗を予防することが極めて重要であることもわかり,これは(1)品質コスト4分類の「予防/評価コスト」にも相当します.
ただ,「予防/評価コスト」に掛ける額の大・小が重要なのではなく,どう予防するのか,すなわち予防のためにどのような活動をするのかが肝要です.品質管理やTQMの歴史的推移(検査重視→製造プロセス重視→企画・開発重視→総合質経営重視)を踏まえれば,まさに予防=品質管理やTQM活動そのものであるといってもよいでしょう.
このような考察に立てば,将来起こりえる様々な失敗コスト,機会損失を事前に抑える(=予防)というリターンを得るために,現時点で品質管理やTQM活動に必要な経営資源を投入することになりますから,品質管理やTQMはコストではなく,“投資”であると理解すべきです.
そして“投資”判断を行う経営者は,品質管理やTQMの効果をいたずらに性急に求めすぎる行動はやめ,
・活動とそれにより得られる効果の間には時間的ズレがあること
・“投資”によるリターンとして得られる効果は,上記で述べたように潜在的な機会損失を含めた予防の効果で
あり,定量的評価が難しいこと
・投資なのですから,必ずしも将来において効果が得られるとは限らず不確実性があること
ということを理解した上で,品質への投資の効果について経営者としての高い見識・深い洞察力によって見極めることが求められます.まさに経営者の力量が問われるといってもよいでしょう.
4. 経営における品質の意義の「全社的浸透」
さて,経営における品質の意義の解説はこの程度にして,次は品質の意義を全社的にどのように浸透させるかについて考察みましょう.
4.1 全社的浸透のための基本的な進め方
一般的にも言えることではありますが,品質に関わる正しい知識を組織や社会に適切に浸透させるためには,
(1)正しい知識体系の整備
(2)正しい知識の獲得
(3)正しい知識の適用/活用
の3つのフェーズを考えるのが有効です.
(1)正しい知識体系の整備とは,例えば,上記3で示した経営における品質の意義に関する知識,質概念やシステム志向,標準化などのTQMの重要概念,方針管理や日常管理などのTQMのツールの知識など,品質管理やTQMの全貌を適切に理解するための知識が体系だって整理されている必要がある,ということです.いわゆる知識体系であり,BOK(Body of Knowledge)と呼ばれます.TQMのBOKに関しては日科技連出版の「TQM21世紀の総合「質」経営」や,「JIS Q 9005:2014 品質マネジメントシステム-持続的成功の指針」などがあり,TQMの各手法についても同様にJIS規格や日本品質管理学会規格(JSQC-Std)が多く存在します.各組織内においても,社内で自作のTQMハンドブック,指南書などがこれに相当します.
(2)正しい知識の獲得とは,その言葉通り,TQMの知識を体系だって学ぼうと思ったときに,その知識体系に容易にアクセスできるための仕組みが整っているかということであり,例えば社内外のセミナーや研修会,社内の品質管理教育体系,イントラネットや社内報に掲載される「品質管理/TQMとは」講座などがこれに相当します.
(3)正しい知識の適用/活用とは,上記(2)によって知識を獲得できたとしても,ある特定の状況や文脈にある業務実施中に,獲得した知識のうちどれをどのように適用するか,すなわち業務の中で実践的に知識を適切に活用するかは難しいため,正しい適用/活用を促進するための仕掛け,後押しが必要だということです.このために,使用(活用)ガイドや事例集を準備することをよく見かけます.また,OJT(On-the-job training)の形態により,業務実施中にやって見せる,正しく実践できるように誘導・助言・指導することが,とりわけ多くの日本企業では実施されているように思います.また,例えばTQMツールのひとつであるQC工程表には良質な製品を製造するために必要な手順や基準が明示されていますが,標準書を適切に活用するための仕掛けであると捉えることもできます.
以上のように,(1)~(3)を通じて経営における品質の意義に関わる正しい知識の体系化,獲得,適用/活用を行うことが「全社的浸透」につながるわけです.
読者へのより理解を促すための参考情報として,正しい知識を獲得し共有する場・機会と,そのための媒体や伝達手段としてどのようなものがあるかを例示しておきたいと思います.
●知識を獲得し,共有する場・機会の例:
・教育・訓練の場,業務実施の場,報告・会議体,業務改善の場,表彰・認定(QCサークル大会,改善奨
励賞)という機会 など
●知識を獲得し,共有するための媒体・伝達手段の例:
・口頭(指摘・助言・相談),手本(やって見せる+一緒にやる),研修資料・テキスト,ガイドブック,
Q&A集,事例集・記録集,ルール・手順書,レポート報告書・提案書,社内掲示板・広報誌という手段
など
(金子 雅明)