本日から、品質部門配属になりました 第44回 『品質管理教育』(その1) (2021-03-29)
2021.03.29
■経営者の思い
ある組織の経営者は,他組織で発覚したデータ改ざん,不適合品流出など度重なる品質不祥事の報道を見聞きし,品質問題を起こしてはならないと自戒しています.
この組織は,内部統制態勢強化の一環として,全事業分野を対象に業務遂行の適切性を総合監査しています.品質問題の発生は,リスク評価では稀有な頻度であるものの,健全経営を阻む影響度が極めて高いと指摘されていました.
そこで,経営者自らが研究開発,設計,生産,調達,管理間接部門など各職場を直接訪れ,トップ診断を行い,品質保証を最優位とする組織文化の醸成に努めています.
経営者は,顧客が安心して使ってもらえる製品・サービスを提供する上で生命線を握る品質保証の実情をトップ診断で掌握するに連れて,品質部門が主管する品質管理教育が根幹であるとの思いを深めました.
■なぜ,品質管理教育か
この組織は,製品・サービスの提供によって顧客価値を創造する品質保証を目指すことが,組織の健全性を堅持し,持続的発展を促す正攻法と捉え,総合的品質管理を導入しています.
QCサークルや改善チームなど小集団改善活動による維持向上・改善・革新を中核に,日常管理や方針管理の実効力を高め,競争優位となる組織能力の獲得に努力しています.
これらの活動の成否は人の資質に負うところが大きく,品質部門が主管し,運営管理する品質管理教育が健全な事業遂行を持続するための眼目になります.
品質管理教育は,「顧客・社会のニーズを満たす製品・サービスを効果的かつ効率的に達成する上で必要な価値観,知識及び技能を組織の構成員が身に付けるための,体系的な人材育成の活動.」と品質管理学会は定義し,意義を説いています.
品質管理教育には,価値観を身に付ける教育,知識・技能を習得する教育,これらの実務への適用能力を向上する実践教育などが含まれます.
■品質管理教育の継続的な推進に必要なこと:第一のキー
品質管理教育の重要性を理解できたとしても,継続的な推進は無手勝流では頓挫することも多く,何らかの手立てが求められます.
特に,A)計画性とB)体系化が,第一のキーになります.
A)品質管理教育の計画性
経営環境が厳しくなり,売上や利益の確保に追い詰められると,一般管理費,特に教育費が節減対象になりがちです.
しかし,人材育成は一朝一夕にはできませんし,品質部門が主管する品質管理教育が疎かになればボディブロー的に品質管理のレベルが減退し品質問題を誘発するなど,教育費の浅薄な削減を何としても避けたいものです.
組織が人材育成を志しているならば,中長期経営計画など経営目標・戦略の随所(例えば,ビジョン,重点課題,目標,実施事項など)に人材育成の施策を盛り込むことへの異議は少なく,これをもとに中長期人材育成計画を具体化すれば,品質部門は品質管理教育のねらいやこれを達成する計画を正面から打ち出せます.
このことは,経営者に教育投資の必要性を訴求し,品質管理教育の継続性を促します.
経営者は,教育投資という象徴的な行動を通し,品質管理教育を第一義とする人材育成を重視する組織文化を組織の隅々にまで浸透することが可能です.
B)階層別分野別の教育体系
有効な教育投資の領域を見定める上で,品質部門は品質管理教育の全容を俯瞰して見える形にすることが望まれます.
この方法として階層別分野別の教育体系が有力です.
階層別分野別の教育体系は,組織におけるすべての研修プログラムを階層別と分野別により一覧化することで表せます.研修プログラムは,特定の条件を満たす人を対象に,特定の知識・技能の習得やそれを実務に適用する能力の向上を目的に特定のカリキュラムに従って行う教育を指します.
教育体系は,次を参考に目に見える形にできます.
①階層(経営層,管理者,一般従業員など)と,
②分野(製品・サービスやその生産・提供に関する固有技術,マネジメント力・問題解決力・データ分析力のような管理技術,リーダーシップやコミュニケーション力のような組織人としての基礎的な能力など)とで,
③階層と分野を組合せたマトリックスを作成し,
④マトリックスの該当セルに,対応する研修プログラム(役員セミナー,部課長マネジメントコース,品質管理セミナーなど)を一覧化します.
教育体系は組織の全事業領域が対象になり多分野にわたるため,上級経営層が統括し,関係部門長で構成する部門横断的な人材育成の機能別委員会が設置されることが多く,品質管理教育を担う品質部門の主体的なかかわりが要です.教育体系には,品質保証にかかわるグループ組織やパートナー組織が含まれることが肝要です.
■必要能力と実現能力の明確化:第二のキー
人材育成計画と教育体系を有している組織が品質管理教育の実施に向けて行うことは,品質保証のために部門あるいは個人ごとに必要とされる能力(必要能力)は何か,必要能力を実現できる能力(実現能力)は充足しているかを品質部門が把握することが,第二のキーです.
これらの能力は,品質保証に求められる基礎的な能力,固有技術,管理技術などのスキルの評価結果を一覧化したスキルマップを活用するとわかります.
品質管理専門技術者に望まれる能力について,Ⅰ〔指導を含め利活用できる能力〕とⅡ〔知識として持っておく能力〕に大まかに分けた場合,品質管理学会は次を推奨しています.
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― 基本:Ⅰ〔用語と概念,行動原則,問題解決の手順(QCストーリー),総合的品質管理(TQM)〕
― 組織運営:Ⅰ〔標準化・日常管理〕,Ⅱ〔方針管理,小集団改善活動,品質管理教育〕
― 顧客価値創造とプロセス保証:Ⅰ〔ボトルネック技術の特定と解決,工程能力の調査と改善,検査と
保証度,市場品質情報の活用・解析,品質保証体系〕,Ⅱ〔潜在ニーズ把握,トラブル予測と
未然防止,環境・安全等を含めた総合マネジメント〕
― 手法・数理:Ⅰ〔QC七つ道具,新QC七つ道具,管理図,抜取検査・サンプリング,検定・推定,実験
計画法,品質工学(タグチメソッド),多変量解析法,品質機能展開,信頼性手法〕,Ⅱ〔OR手法,
IE手法,VE手法〕
■個人ごとの教育計画の立案:第三のキー
個人ごとの必要能力から想定した部門の必要能力,個人ごとの実現能力から明確にした部門の実現能力などから,経営目標・戦略を実現する上での個人・部門の必要能力と実現能力とのギャップを特定します.
この解消に向けて,中長期人材育成計画,個人ごとのキャリアプランとスキルマップなどを勘案し品質管理教育の受講課目を厳選し,より具体的な個人別教育計画を確定するのが,第三のキーです.
個人別教育計画には,数年先のありたい姿,必要能力と実現能力,取得資格,受講する研修プログラムなどが盛り込まれます.
品質部門は,品質管理教育が個人別教育計画に適切に盛り込まれるように指導・支援を厭わないことが肝心です.
■品質部門に配属されたQさんの新任教育
調達部門で業務経験を積んだQさんは,キャリアパスのローテーションにより品質部門に配属されました.Qさんは,調達の品質保証,ISO内部監査などで品質部門とかかわりがありました.しかし,畑違いの新任地での業務遂行能力に不安を抱いていました.
品質部門では,部門長と直属上司が新任者にオリエンテーションを行う決まりです.
新任教育は,部門長からの品質部門の役割・使命と業務分掌の説明から始まります.
『品質部門の役割』は,第4回メルマガ(2020-06-08)を参照してください.
経営理念,ビジョン,中長期経営計画などから部門に割り当てられた業務分掌は,簡潔な記述で具体的な業務は示されていません.そのため,直属上司から,品質部門の役割・使命を達成するための業務を記した業務機能展開が説明されました.
業務機能展開は,例を挙げれば,品質保証の業務を実施する➡品質保証の目標を明確にし,計画を立案する➡要求品質を把握する,という具合に名詞+動詞の形で抽象度の高い上位機能から下位機能へ展開し,実行可能なレベルに具体化したものです.
品質部門の業務機能展開には,業務に不可欠な標準類と業務結果の良し悪しを確認する管理項目(例えば,要求品質の充足率や把握件数など)が付属しており,職位別管理項目一覧表が整理されていました.
Qさんは,キャリアパスのローテーションで製造部門に異動した前任者の業務を引き継ぐことになり,部門内に周知されました.
■Qさんの個人別教育計画
品質部門に配属されたQさんの業務遂行に必要な能力と実現できる能力は,自己評価と上司面談などをもとにスキルマップに一覧化されました.そして,教育体系に照らして能力向上の対象を決定し具体化した個人別教育計画を部門長が承認した後,標準化や統計手法などの品質管理教育が進められます.
品質部門の在籍者は,各々の職位・職能に応じた業務を適切に遂行できる能力を持ち,実行できなくてはなりません.オーダーメイドで個人ごとに異なる研修プログラムなどで構成された個人別教育計画の実績と成果はカルテ化され,能力向上への道程を一人ひとり歩みます.
(村川 賢司)