TQM/品質管理 こんな誤解をしていませんか? 第49回『当社はTQMとBPRをやってきたから,次にBSCはどうか?日本経営品質賞もあるし,最近は○○も流行っているみたいだね 』(その2) (2020-04-13)
2020.04.13
今回は,前回からの「2.なぜ,流行のツールに追従するのか?」の続きです.
2)経営ツールが多すぎて,どれを使えばよいかに迷うからか?
流行するツールに追従してしまうもうひとつの理由としては「経営ツールが多すぎて,どれを使えばよいか迷うから」ということも考えられます.これは,流行するツールに無批判で追従する直接の理由ではありませんが,そのような行動に誘導するような背景要因にはなり得るかと思っています.
この理由にしても,背景要因としてみれば確かに一理あるかもしれません.ただよく考えてみますと,経営者・管理者の仕事は経営・管理であり,あらゆる経営ツールを勉強し尽くして,ツールの名称ばかりかその本質や特徴の理解まですべてをカバーことではありません.だから,まず手始めに経営ツールを勉強してみるかと思って勉強を始めるアプローチはあまり適切ではなく,むしろ自社が本当に変えるべき弱点や経営課題を何であるかを知っていて,その経営課題の解決に適合する本質や特徴を持っている経営ツールをピーポイントで探しに行く,というアプローチが良いと考えます.経営ツールありきではなく,最初に自社の経営課題があって,その解決手段として経営ツールがあるというスタンスが極めて重要です.東京理科大学名誉教授・狩野先生も,「TQMと経営」ではなく「経営とTQM」であり,TQMはあくまでも経営を行う手段で,TQMのために経営を行うのではないと強くおっしゃっています.経営ツールに対する向き合い方を今一度考えてみたいものです.
また,今度は立場を変えて,ある経営ツールの導入・推進担当者からどう向き合えばよいかを考えてみます.既に経営ツールの導入は決定済みであるという状況からスタートするというのがほとんどかと思います.ここでは選択肢は多く二つあります.ひとつは,事なかれ主義でなんとか形式上でも経営ツールを導入し,経営者・管理者に対しては導入したということで応え,現場にもなるべく“迷惑”をかけないようにするという選択肢です.もうひとつは,経営ツールの導入は決まってしまったのだから,これを契機にして,経営ツールの本質や特徴を理解し,この本質と特徴から照らして自社のどのような課題や問題を解決するのに役立てられるかを考えて解決していこう,という選択肢です.
当然ながら筆者は後者の選択肢をお勧めしたいのですが,前者に比べていばらの道かもしれません.といいますのも,導入を決めた経営者・管理者自身が何のために導入したのか,すなわち上述した成立条件を意識した上で導入を決断したわけではないケースがほとんどであると推測されるからです.筆者である私自身は,言われたことをただこなすことが苦手な性格ですので,以下のような行動を移すことになろうかと思います.
・導入することになった経営ツールについて自分なりに勉強し,その本質や特徴を理解する.同時に,類似している他の経営ツールについても調べるかもしれません.
・その理解の上で,経営者・管理者に導入の経緯,目的を伺います.この場では,私は何も発言しないように努めます.
・また,現場での反応についても,いくつかの部門に伺ってヒアリングします.また,話題を変えて,現場で抱えている本当に困っていること,問題も聞いておきます.
・経営者・管理者の理解や現場での反応や抱えている問題を踏まえて,上記の成立条件が成り立つようにするための戦略を練ります.
・その戦略に基づいて,もう1度経営者・管理者に確認のために伺います.そして,「前回お聞きした話を私なりに理解して整理してみた」という形で提示し,経営者・管理者の同意を得ます.この場での経営者・管理者の発言があれば,それを目の前で追加します.このようにして経営者・管理者から導入目的や意図について同意を得ます.
・その同意を踏まえて,今度は現場に向かいます.現場には,経営者・管理者がこんな問題意識を以てこのツールを導入したいと言っていると伝えます.過去にツール導入失敗体験をしているのであれば,あれが失敗したのは○○の理由であり,今回はそれとは違う,違うようにして見せると伝えるかもしれません.導入は決定しているのだから,どうせやるのならば効果を出す方が良いと誘います.
もちろん,これは私の都合のよい想像であり,実際の現場ではこんなにスムーズにはいかないでしょうし,この後も思いもよらぬ困難に直面するかもしれませんが,次に示すように実際にそうした結果としていろんな経営上の効果を得られた事例もあります.
例1)A社はISO 9001の導入が決まったが,これを契機として日常管理体制を強化.これによって,以前から導入していたTQMでの方針管理の目標達成率が向上.その理由は,ISO 9001の特徴を踏まえて現場での日常管理の問題や不備を解消したおかげで負の仕事が減り,挑戦的な仕事(=方針管理で挙げたテーマの取り組み)が増えたから.また,ISO 9001での定期的な外部審査を外圧として積極的に活用.内部の人から言っても聞かないが,外部から指摘してもらうことで,問題点を経営者・管理者層で認識・共有し,その解決に向けたドライビングフォースとして活用.外部審査の指摘はゼロが良いというのは大きな間違いであるという考えを持っている.
例2)BSC(Balanced Scorecard)の良い点は,財務指標とそれ以外の顧客,プロセス,成長と学習の3つの視点に基づく指標間の因果関係の検討,会社の方針を目標と指標という形で各個人レベルへの展開.この理解から,経営企画が立てる財務目標と,それを具現化する仕組み,体制づくり,取り組みとの間の結びつきが弱い会社B社でBSCを導入し,その結びつきを整合性のある強力なものとして,効率的な経営体制とした.
■3.最近,注目されている経営ツールの導入を考えてみる
実際に,最近注目されているツールのひとつとして,RPA(Robotic Process Automation)の導入について考えてみます.より具体的には,経営者・管理者が上述の成立条件を明確に丁寧に検討して判断してから導入するということは稀だと思われますから,経営者・管理者が自社の経営における基本的な課題認識(具体的なレベルで理解しているかどうかは別として)の上で,ある意味では直感的に(経営センス)この経営ツールでいけるかもしれないので,実際のところどうなのかを検討してみてくれ,という状況を想定します.
RPAは一言で言えば,IoTやAI技術を用いて,業務プロセスの(一部または全体の)自動化を通じた,業務プロセスの効率化を狙いとしています.これによって,必要となる業務時間が低下することが期待されますから,近年の「働き方改革」にも貢献し得るとしても注目されている.最近の新型コロナウイルスの感染拡大が続き,特に関東圏内では移動の自粛要請で人手が足りないという状況では,RPAはひとつの有効な解決手段と言えるかもしれません.
皆さんは,このツールを導入する際には,どのように検討されますか?上述の成立条件に基づけば,検討すべき事項は
・RPAの本質,特徴の理解
・自社の経営課題の理解
・両者のマッチング度合いの検討
の3項目ということになり,これに導入の費用対効果を加えた4項目を検討すればよいことになります.これに沿って考えると以下のように検討して判断することになるでしょう.
1)RPAで使われるIoTやAI技術の進展度合い,すなわちなにをどこまでできるようになったかの本質と特徴をきちんと理解します.
2)そういった技術の本質,特徴から,自社のどのような業務のどこにどのように貢献し得るかを検討し,その予測効果を概算する.当然ながら,これが自社の経営課題とどのような関係,位置づけにあり,貢献度合いも把握します.
3)次に,自動化に向けた開発(アウトソーシングや共同開発を含めて)のための費用や期間を見積もります.
4)費用対効果(投資効果)と,その実現性・リスクを総合的に評価して,RPAを導入するかどうかを判断します.仮に,その時点で不明な点が多ければ,まずはパイロットスタディーとしてある1業務プロセスで試行してみて,その成果(副作用も含めて)の如何によって,本格的に導入するかどうかを見極めます.
RPAでは業務の自動化という手段を使いますから,業務によっては自動化が難しいということがあり得ますが,RPAの活動の一環として業務フローが可視化されますので,自動化はできずともそれだけでも改善点が見つかり,効果が得られる可能性が大きいです.また,自動化という手段に限らず,上で述べたBPRを組み合わせて導入し,業務の目的から振り返ってどんなプロセスにすべきかをゼロベースで考えてみるのもよいかもしれません.これによっても当初のRPAに取り組む目的であった業務の効率化,そして働き方改革に活かせられます.
また,これらの活動はプロジェクトと言われる一過性の活動です.これを契機に,日常的にこのような視点で継続的に活動・改善していくことが大事だと判断したであれば,そのような考え方を従業員に定着させ,必要な仕組みを組織内に構築するのが良いでしょう.そのために非常に有用なツールがTQM(日常管理+方針管理)だと思います.
このように,自社が解決したい経営課題の内容に応じて,適材適所でその課題に適した経営ツールを使いこなせばよいのではないでしょうか.
なお余談ですが,「働き方改革」については,日経新聞で部下の残業時間は減ったが,上司である管理職の残業時間は高止まりしているとの掲載がありました.これはすなわち,働き方改革と言いながら,その本質を理解せず,仕事を別の誰か(社内の上司,またはアウトスースという形で外部に)シフトしているだけという実態が明らかになったと言えます.「働き方改革」は経営ツールであるというのには違和感はありますが,それでも「働き方改革」の本質を表層的に理解し,残業時間を基準内におさめることのみにフォーカスするのではなく,個々人の事情に合わせた多様な労働・勤務体制の整備とともに,本当のところは業務プロセスの生産性自体を上げないと,根本的な解決にはならないと考えています.
(金子 雅明)