TQM/品質管理 こんな誤解をしていませんか? 第13回『こんな忙しいときに,管理とか標準化なんて悠長なことを考えている暇はありませんよ.目の前の仕事・案件を早く片付けるのが優先でしょう?』(その2) (2019-7-22)
2019.07.22
前回に引き続き,誤解『こんな忙しいときに,管理とか標準化なんて悠長なことを考えている暇はありませんよ.目の前の仕事・案件を早く片付けるのが優先でしょう?』の解説を行います.
■改めて,管理の意義,目的とは?
管理の意義や目的については既に誤解『最近は管理,管理って周りがうるさいね.締め付けるばっかりで,仕事がどんどんやりにくくなって困るよ.』の中で説明されていますが,前回の製造メーカA社の話を踏まえて,再度きちんと確認したいと思います.
管理の意義,目的は以下の3つがあると述べています.
a)目的達成
b)効率性
c)継続性
a)の目的達成とは,その字のごとく,業務の目的を達成するということあり,これが「管理」の最も重要な目的です.つまり,管理=目的達成です.
一方で,設計・開発部門の目的は,マーケティング・企画部門が考案・立案した製品コンセプトを実現するための最適なスペック(物理的な特性値の水準)を決めることですが,設計・開発部門長の“管理なんかやってられない”発言は,この目的達成を反対するということになり,何とも妙な言葉になってしまいます.
もしかしたら,管理=監視,統制などのイメージをこの設計・開発部門長は強く持っているのかもしれません.一般的に,目的達成のために監視,統制をすることがあるかもしれませんが,それはあくまでも目的をうまく達成するための理にかなった手段としてのことです.監視,統制は管理手段のひとつであり,すべてではありません.
二つ目のb)効率性とは,目的達成のために時間も経営リソース(人,モノ,カネ)も好きなだけ投入してもよいというのではなく,なるべく少ない時間と経営資源で目的を達成すべきであり,「管理」のもうひとつの目的となります.
設計・開発部門においても,製品の販売時期は決まっているため,設計に好きなだけ時間をかけることはできませんし,設計者の力量・人員数,試作品の製作や評価・試験に掛けられる予算にも限りがあります.そのような制約の中でいかに効率的に設計・開発を行うのかは,管理者である設計・開発部門長にとっては,当然留意すべき事項であるはずです.
また,上記で述べたように,本来の設計・開発業務ではない3)に5割から6割の時間を割いてしまっていることは,非効率的と言えざるを得ません.3)に割く時間を削減し,空いた時間を1)と2)の本来の価値ある設計・開発業務に回すことが,「管理」の目的なのです.
最後のc)継続性は,上記a)目的達成とb)効率性をある1回のみ実現するではなく,継続的に達成することを意味します.効率性を含めた目的達成を継続的に実現するための手段が管理であるという考えです.
人によっては,1回出来たことを継続的にやるのはそんなに大変ではないのではないかと考えている人もいます.作業内容的に難しくなく,それを日々同じ作業をやることは簡単であるため,そこにそこまでの手間をかける必要はないのではないかという認識です.しかし,本当にそうでしょうか.
作業者は変わることがありますし,同じ作業者でも毎日同じパフォーマンスは出せません.設備も使えば使うほど劣化していきますし,作業量や温度・湿度等の作業環境も変動しています.電車通勤の場合で言えば,同じルートをたどったとしても同じ時間に会社に着けるとは限りません.信号トラブル,人身事故,悪天候による影響,自宅を出る時間の誤差などの多様な変動がある中で,会社には365日,決められた時間に遅刻無く到着しておかなければなりません.実際に,2日連続して遅刻したら社会人としてほぼNGとなるでしょう.このように,様々な変動の中で毎日同じパフォーマンスを継続的に出していくことは難しいことであり,かなりの事前準備,段取り,すなわち「管理」が必要であると認識し直すべきです.
ここで注意したいのは「継続」ということの意味です.私たちは日常の行動において,全く同じ目的を全く同じ手段で達成することはあり得ません.全く同じ状況が繰り返されることがありえないからです.しかしながら,全く同じではなくても似てはいます.つまり,管理とは,何らかの意味で「繰り返し」があるときに必要となる活動と言えます.
設計・開発業務について言えば,その場その場で設計対象となる製品は,その製品コンセプト,用いる技術,設計開発構成メンバー,QCDの目標値,どれもひとつひとつ異なっていて,まったく同じ製品を設計・開発することはありません.
しかしながら,
・製品コンセプトを実現するための物理特性を特定し,その水準値を定めること
・当該製品に導入することが決まっている技術のうち,製品コンセプトやQCDの目標値に照らして,どの技術がボトルネックとなっているか見極め,そのための要素技術開発を設計・開発業務と並行して行うこと
・設計開発メンバーは個々のプロジェクトで異なるが,PM(プロダクトマメージャー)がいて,その製品に必要な技術分野に精通している設計者がいなければならないことや,設計開発プロジェクトの規模(自動車で言えばフルモデルチェンジとマイナーチェンジ)によってチームメンバー数や体制を変えていること
・信頼性試験の具体的な条件は異なるかもしれないが,信頼性試験を行う場合には試験項目や試験条件の設定と実施,試験結果データの分析と評価という一連の業務の流れ
などはある程度類型化でき,その意味で設計・開発業務においても「繰り返し」があると捉えられますから,管理できますし,管理すべきです.
■管理における標準化の効用
「標準化」の狙いとその意義について真正面から説明することは別の機会に譲るとして,本誤解の中では標準化の効用についてとりわけ以下の3点を指摘しておきたいと思います.
a.知識・経験の再利用:(確立している or 誰かの経験によって分かっている)良いモノ・方法の再利用
b.ベストプラクティスの共有:(誰かが見つけた)良いモノ・方法の組織的な適用
c.省思考:良いことが分かっているモノ・方法の利用による,目的達成手段考察の省略
a項は,既に部門内で確立しているか,誰かの経験によって既に分かっている良いモノ・方法を次の設計・開発プロジェクトでも活用(再利用)しようということです.例えば,上述した設計検討の視点や試作・評価の雛形(標準計画)を次の設計で活用することに相当します.
なお,よく誤解があるのですが,ここでいう“良いモノ・方法”や“標準計画”というのは,業務を行うのに最低限必要なことを指しているのではありません.その業務の目的達成に最適な方法,つまりベストプラクティスのことです.本質的にはa項と同じことですが,このベストプラクティスを組織で共有化するために標準化があることを強調するために,敢えてb項としました.
最後のc項は,ある業務目的を達成する際に既に確立されたベストプラクティスをそのまま活用するわけですから,達成手段を考える時間は削除されるので“省思考”となります.ただ,これは何も考える必要はないということではなく,考えなくてもよいことは考えないで,(その余った時間を活用して)考えるべきことを考えろという意味です.日常業務に忙殺されている製造メーカA社の設計・開発部門においてこそ,“省思考”という効用を有した「標準化」を進めるべきです.
■誤解を解く!
これまでの話を整理してみましょう.
TQMの導入を始めた製造メーカA社の設計・開発部門長は,TQMの導入には懐疑的であり,その主要な理由として,
『こんな忙しいときに,管理とか標準化なんて悠長なことを考えている暇はありませんよ.目の前の仕事・案件を早く片付けるのが優先でしょう?』
を挙げました.そして,その背景には“仕事の忙しさ”があると言いました.しかしながら,その“仕事の忙しさ”の原因は,実は仕事のやり方やその仕組み,そして管理の不十分さに起因していると説明しました.
皮肉にも,設計・開発部門長が反対をしている“管理とか標準化なんて・・・”ということが仕事の多忙さに対する最も有効な対策であったのです.
最後に,TQM導入2年後,当初抵抗勢力(?)であった設計・開発部門長は管理の目的,意義である1)目的達成,2)効率性,3)継続性を理解し,一転してTQM推進役のひとりとなり,今も活躍しています.
(金子雅明)