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TQM/品質管理 こんな誤解をしていませんか? 第6回『顧客の言うことに対応しておけば,顧客満足が得られます』(その1)  (2019-6-3)

2019.06.03

 
2週間前から,「顧客満足」に関わる誤解・疑問を取り上げて検討しています. 
前回の【テーマ2】では2週にわたり「素人である顧客の言うことを聞いてはいられない」という話題を取り上げました.確かにある面では正しいが,それでも顧客の意向を尊重することが取引における正義なのだ,ということを説明しました.今週と来週の2週で検討する【テーマ3】では,その反対に「顧客のいうことを聞いていればよい」という誤解について考えてみます. 
 
■マーケットイン/プロダクトアウト
 
顧客の声に耳を傾け,顧客の行動を観察し,顧客のニーズを探りあて,そのニーズに応える製品・サービスを企画・開発・生産・提供することは,品質論の原点であり正しいことです. 
「顧客の言うことに対応していればよい」という考え方が誤解と言われてしまう理由は,顧客志向という思考・行動様式の“表層的な理解”にあります. 
そこで,まずこの誤解の引き金になっていると思われる「マーケットイン/プロダクトアウト」の話から始めます. 
 
1968年,20世紀最高の経営学者ドラッカー(Peter F. Drucker)が「断絶の時代」(The Age of Discontinuity)というセンセーショナルな書籍を書きました.断絶の時代,それは実は,品質の時代の指摘でもありました.ドラッカーは,この本で,「技術,経済政策,産業構造,経済理論,ガバナンス,マネジメント,経済問題のすべてが断絶の時代に突入する」と述べています. 
 
この変化は,マーケティングの分野では,「大量生産ベースの産業システム,投資設備中心の事業運営」から「顧客が求める価値を起点とした企業活動,事業ドメインの考察」への変化をもたらしました.まさに生産者の論理(プロダクトアウト)から,顧客・市場の視点(マーケットイン)への変化でした. 
 
「マーケットイン/プロダクトアウト」は,品質分野ではなくマーケティング分野の専門用語です. 
マーケットイン(market-in)とは,市場(または顧客)の中に入って,市場のニーズを把握し,これらを満たす製品・サービスを提供することを言います.顧客第一の考え方にほかなりません.これに対し,プロダクトアウト(product-out)とは,製品・サービスの提供側の勝手な思い込みで作ったものを顧客に売りつけることを言います.卸売・小売店への押し込み販売,市場の調査や分析抜きの製品・サービスの開発・販売などがその例です.当然のことながら,マーケットインが推奨されています. 
 
しかしながら,ビジネスを考えると,マーケットインというのは儲けにくいことに注意しなければなりません.市場が要求するものを提供しても儲からないことがあり,バカ正直にお客様の言う通りのものを作っていたらダメだということです. 
 
例えば,かつて私は,こんな「お人好しマーケットイン」会社を見たことがあります.あるシステムの一部の部品,ユニットを提供していて,それなりに品質が良く,対応もよかったので,「これも作ってくれないか」と自社にとって必ずしも得意ではない分野の技術が必要な製品の提供を打診されました.売り上げが増えるので引き受けると,お札をいっぱい付けて提供しなければならなくなってしまいました.(何にでも食いつく)ダボハゼ商法の破綻です. 
 
お客様に望まれても,不得手な分野に手を出してはいけないという意味です.プロダクトアウトというのは,押しつけには違いありませんが,自分が得意なもの,自分が技術を持っているものを売ることができるという面があることを忘れてはいけません. 
 
いちばん儲かるのは,自分が得意なものが売れて,それをお客さんが喜んでくれることです.顧客ニーズ,そして自分の保有技術を考えて,得意ワザを活かして,顧客ニーズを満たす製品・サービスを探すべきです.だから,プロダクトアウトというより「コンセプトアウト」と言うべきかもしれません.お客様のニーズを斟酌しながら,「自分の得意ワザを使えばこんな製品・サービスになるのだが,これでいけるのではないか」と考えて提案するということです. 
お客様が本当に望んでいるのはこういう製品・サービスではないでしょうか.とくに専門メーカに期待するのは,専門的技術,将来の技術動向を踏まえ,かつ顧客のニーズの動向を踏まえた製品・サービスの提案です.成熟した経済社会においてはとくに,こういう売り方こそが成功への道です. 
 
■市場原理は正義か 
 
次に,「顧客が満足するものは品質が良いと言えるのか」という問題について考えてみます.「市場原理は正しいのか」というお題と考えていただいて結構です. 
 
品質の良し悪しはお客様が決めると言いました.それはすなわち,「よく売れるものは品質が良い」という意味になります.でも,それは本当なのか,という疑問です.エイズのコーティネータとの対談で,彼女が,何も分かっていない患者の期待に応える必要があるかと疑問を持ったのと同じような問題です. 
 
お客様は正義なのか,お客様のおっしゃることはすべて正しいのか,という問いかけとも言えます.そうでないかもしれませんが尊重しなくてはいけない,というのが前回の【テーマ2】での一つの結論でした.これが市場原理と言われるもので,取引の本質に照らし,原則としては正しいのですが,いろいろ考慮しなければなりません. 
 
まず,「倫理」について考慮する必要があります.取引では,価値が移動して,関係者はみなそれなりに満足します.その原則は自発,自由です.各々が,それぞれの価値基準で好きなものを買う,これが市場原理です.【テーマ2】のなかで,私の最終講義のときに「エロ本は品質が良いと言えるか」ということを話題にして顰蹙を買った話を紹介しました. 
 
「品質が良い」のラフな基準は「よく売れる」ことだと思いますが,それに「公序良俗に反しない限り」という限定修飾語をつけたいと思います.「品質が良い」ということに何らかの「真っ当なもの」という概念を加えたいということです. 
 
お客様は満足していても,そのお客様は,必ずしも,賢く高潔な方ばかりではないでしょう.妙なものを望んだ場合に,それをそのまま提供したくありません.これも【テーマ2】で紹介しましたが,医療において「苦しい.殺してくれ」と言われて殺さないのは,お客様の真のニーズが「殺してほしい」というところにあるのではなく,「苦しみを取り除いてほしい」というところにあるからです.著作権侵害など、違法、反倫理的な方法でニーズを満たしたいという場合には,これとは少し違って,心の底から望んでいるとしても,応えるべきべはないと思います. 
 
このようにお客様のニーズが間違っているとき,何とかして良い方向に誘導したいと思います.そのときは分かってもらないとしても,たぶん長い目で見たとき,広い視野で見たときには,納得してもらえると思うのです. 
 
「品質とは顧客満足」と言っても,こんな側面があるので,品質が良いとは何かという問いに対する答えを複雑なものにしています.難しさの根源は,品質の定義を顧客の価値基準に求めても,そのお客様が必ずしも賢くないし,正しくないこともあるので,これを克服しなければならないところにあります.それでも,長い目,広い視野で見ればお客様の判断は正しいという考えは捨てたくありません. 
 
市場原理は正義か,というお題は,民主主義は正しいのか,という議論に似ていると思いませんか.民主主義と衆愚政治はときに紙一重ですし,ポピュリズム(大衆主義)の危うさもいまや現代社会における現実の懸念となっています.ギリシアの直接民主主義における“良い”時代であったペリクレス時代といわれる30年間は,実を言えば,民主主義の政体を取りながら,賢くも高潔な独裁者が,有権者を健全な意思決定に誘導した時代です.意思決定の構造は衆愚政治と言えなくもないのですが,独裁者が大衆を「愚」でなく「賢」に誘導したので衆愚にならずに,理想的民主主義などと評価されました.民主主義とは一体何なのか,と複雑な思いにかられます. 

 
 

(飯塚悦功)

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