TQM/品質管理 こんな誤解をしていませんか? 第2回 『高品質=高級・高グレード・高価な製品ではないのか?』(前編) (2019-5-7)
2019.05.07
大誤解シリーズ第2弾で最初に取り上げるのは,
『高品質=高級・高グレード・高価な製品ではないのか?』
という誤解です.
2週(回)にわたって解説していきたいと思います.
■製品の物理的特性の高低が,本当に品質の良し悪しを決めるのか?
まず,この誤解を持っている人の頭の中にあるのは,例えばスマートフォンで超高画質カメラ機能が付いているとか,通信速度が4Gから5Gに(現在の4G(LTE)より100倍程度早くなるようです)になるとか,バッテリーがすごく保つとか,そのほかにもお財布携帯機能,地デジ放送の視聴可能な機能,ハイレゾ音源対応機能など,製品紹介パンフレットに載るような,製品の「物理的な特性に関する仕様・スペック(以下,品質特性値と呼ぶ)」をイメージされています.
これらの品質特性値が高くなることが,高品質につながるという論拠です.
確かに,スマートフォンの通信速度が速くなり,バッテリーが今よりも保つようになること(製品の品質特性の向上)が,顧客の満足につながっていることがありますが,すべての顧客がそのように思っているかというと,そうでもありません.
例えば,典型的な顧客として「20代の大学生や30代の社会人」と「60代の高齢者」を考えてみましょう.
前者の「20代の大学生や30代の社会人」であれば,上記で述べたような品質特性値の向上が顧客満足につながることは容易に理解できます.
一方で,「60代の高齢者」はどうでしょうか?
現在,人生100年の時代だと言われてはいますが,少なくとも私のおじいちゃん,おばあちゃん(最近は両親も)にとっては,そのような機能向上は何ら気にしていません.
むしろ,様々な機能が増えることは不満足度につながることも少なくありません.
「60代の高齢者」である私のおじいちゃん,おばあちゃんにとっては,超高画質カメラやお財布携帯機能等は不要で,画面や表示文字が大きくて操作しやすく,通話ができ,健康面で何かあって倒れたときのGPS機能等が重要視されています.
最近,ちょうど私の大学の授業でも学生と議論してみたのですが,スマートフォンの“操作のしやすさ”を重視していると答えた学生がいました.
さらに聞くと,ここでいう“操作のしやすさ”とは,自分の指の(早い)動きに反応してくれる高反応・応答速度を示すことのようでした.
これについて,「60代の高齢者」はどう考えると思いますか?
ご想像の通り,そんな高反応・応答速度があると逆に,スマートフォンが高齢者の認識力・判断速度を超えて反応してしまい,高齢者は自分の行動に戸惑うだけで身動きが取れなくなって,結果として“操作のしやすさ”は低下し,満足度も下がることになるのではないでしょうか.
今度は,品質特性値が極端に低いほうの話を考えてみます.
“極端に低い”の典型的な例は,顧客要求仕様や製品パンフレットに掲載されたスペック値よりも低い製品のことであり,一般的にこれは不良品(JISでは不適合)と呼ばれています.
不良品がないこと,及び低減することは品質管理における重要な活動ではありますが,品質管理は不良品をなくすことだけをやればよいのでしょうか.
本研究会のメンバーでもあり,2018年11月に日本品質管理学会会長になられた棟近雅彦先生(早稲田大学)は『品質=不良がないこと』と,多くの企業の方々が誤解し,品質管理の活動範囲を必要以上に狭めて考えすぎていないかと懸念を示されました.
この懸念は,より具体的に言えば,多くの企業の品質の主管部署である品質保証・管理部門が,製造上の不具合防止のための検査業務や市場クレームへの対応のみを実施しており,経営における品質の意義や,品質をやることが企業の売上・利益につながる(この点に関しては,本シリーズの誤解のひとつとして取り上げて解説する予定です)ような活動ができていない点を問題視していることであると,私は思っています.
よくよく考えれば,不良品でないからと言って,売れるとは限りませんから,当たり前のように思う読者も多いとは思いますが,この当たり前がどうも理解されていないのではないでしょうか.
つまり,製品の物理特性の高低は,品質の良し悪しに影響はするものの,直接的に決まるものではないと理解すべきです.
■では,品質は何で決まるか?
上述したように,品質は製品の物理特性で決まらないとすれば,何で決まるのでしょうか.まず,「品質」の定義についてのいくつかの文献を次に示します.
①JIS Q 9000(品質マネジメントシステム-基本及び用語,2015)の定義
「対象に本来備わっている特性の集まりが,要求事項を満たす程度」
②品質経営入門(久米均,日科技連出版社,2005,p.15)の定義
「商品品質は,製品またはサービスの内容と顧客の要求あるいは期待との合致の程度」
①の“対象”は②の“製品またはサービス”と同じ意味です.また,②では“顧客の要求あるいは期待”と述べていますが,①では単に“要求事項”と述べており,顧客以外の関係者すなわち,利害関係者をも含めたより広い定義になっています.つまり,
『顧客を含めた利害関係者の要求(事項)や期待を,提供した商品・サービスがいかに満たしているか(合致しているか)どうか』
を,品質の定義として捉えるとよいでしょう.
つまり,その製品・サービスが(顧客の)ニーズを満たせば,高品質であり,そうでなければ“低品質”となります.
先ほどのスマートフォンの例でいれば,高機能化・多機能化は「20代の大学生や30代の社会人」のニーズを満たしてはいるが,「60代の高齢者」のニーズを満たしていない,ということになります.
■品質と製品の品質特性との関係の理解
次に,上での品質と,製品の品質特性の関係について解説したいと思います.
繰り返しになりますが,企業が提供する製品が顧客ニーズを満たしているかどうかが品質の評価になります.
そして,顧客ニーズを満たすような高品質の製品とはどんなものかを規定するのが,製品の品質特性になります.
言い換えれば,製品の品質特性は,顧客ニーズを満たす手段です.
多くの企業が実施している製品の企画,設計業務がまさにこれに相当し,顧客ニーズを満たすためにどんな品質特性をどのような値にすべきかを検討し,決定することになります.
品質管理分野において,顧客ニーズと製品の品質特性の間の関係を把握,分析するための支援ツールとして,QFD(Quality Function Deployment),日本語では“品質機能展開”が提案されています.
とりわけ,製品の企画,設計の場面においては,顧客のニーズを把握する原始情報は主に顧客の声になりますが,それは曖昧で捉えづらいものであることが多々あります.
それらの中から重要な情報を抜き出し,体系的に整理して明確にしておく必要があります.
また同時に,これらの顧客のニーズを実現するために製品の品質特性のどこをどのような仕様(スペック)にすべきかを特定する必要もあります.
製品を設計するとは,まさに製品が最終的に有すべき品質特性の仕様を決めることですから,QFDはこの活動を支援するツールとしてもっとも有名な「品質表」なるものを提供しています.QFDの解説はこのぐらいにしておきたいと思いますが,より詳細が知りたいかは以下の参考文献を見てみてください.
[1]水野滋,赤尾洋二編(1978):「品質機能展開」,日科技連
[2]赤尾洋二(1990):「品質展開入門‐品質機能展開活用マニュアル1」,日科技連
[3]大藤正,小野道照,赤尾洋二(1990):「品質展開法(1)‐品質機能展開活用マニュアル2」,日科技連
[4](社)日本品質管理学会編(2009):「新版 品質保証ガイドブック」,日科技連
(金子 雅明)