昨今の品質不祥事問題を読み解く 第12回 産業界から不祥事を考える-建設業で今起きていること(1) (2018-7-30)
2018.07.30
私たちの一般的な日常生活は,自宅で起床して身支度を整え,通勤し,職場での就業が終えたら帰宅して食事や休息をとるサイクルを繰り返し,生計をいとなんでいます.
このような生業を支える住宅,道路などの公共施設,事務所・工場・商業施設などを設計し施工する建設業において,今何が起きているのか,そしてどのように考えるべきかを,今回と次回のメルマガで読み解きます.
■談合という不祥事とISO 9001
「品質危機」が叫ばれた2000年初頭に顕在化した食品事故,リコール隠蔽などいろいろな形の不祥事は,2018年になっても日本を代表する素材メーカーや自動車会社などで製品や燃費のデータ不正として糾弾されています.
建設業においても,建造物の基礎となる杭打ちや地盤改良のデータ改竄,施工不良による建物の建て直しなどに世間の厳しい目が注がれました.
建設業は,2020年開催のオリンピックへ向けて新国立競技場など関連施設の建設や,2027年開業を目指すリニア中央新幹線の建設などの超大型プロジェクトが目立ちます.
その中で,大手ゼネコン4社を主体とするリニア談合疑惑が持ち上がりました.
独占禁止法違反などの法令遵守にかかわる不祥事は,ISO 9001認証制度では特別な場合を除き企業に対して深い洞察に基づく是正処置を求めにくい実態があります.
ISO 9001認証制度の適用範囲を明確に定めて公正に制度を運用することが不可欠ですが,「パフォーマンス全体を改善し,持続可能な発展への取組みのための安定した基盤を提供する」ことのためにISO 9001の品質マネジメントシステムを採用した企業がこの適用範囲に止まっていては何か物足りなさを感じます.
日本は,品質管理の考え方・手法を原価,生産性,労働安全,新製品開発,人材育成などの領域においても活用を広げる過程で,品質保証を中核に置く品質管理の概念を確立して品質立国日本を築いてきました.
このことから,日本的な品質保証に軸足を置き,さらに事業健全化に不可欠な活動を品質マネジメントシステムに統合していくことが,企業にとって有益と思えるからです.
■建設業のビジネスモデル
建設業は,建設投資がGDPの9.7%,就業者数が全産業の7.7%であり,基幹産業の一翼を担っています.
一方,建設業は,46万5千業者のうち資本金1億円未満が98.8%を占め,労働時間が全産業平均より約300時間長く,労働生産性が製造業の約53%,建設業死亡者数が全産業の約32%という実状もあります(2016年度).
建設業は,B(建設会社という組織)to B(直接顧客である官公庁や民間の発注者)to C(最終顧客である使用者,利用者,その他の利害関係者)という関係性において,プロジェクト型の単品受注生産が一般的なビジネスモデルとなります.
不祥事は建設業でも問いただされ非難されていますが,発注者も建設会社も決して不祥事を望んでいるわけではありません.
次回メルマガで不祥事への対処を紐解くうえで,直接顧客である発注者と建設会社で今何が起きているのかをもう一歩掘り下げて見通す必要がありそうです.
■発注者の立場から見た建設業で起きていること
建設業において発注者は,使用者や利用者などの利害関係者のニーズや期待をもとに発注条件を決め,公開競争入札を行い,建設会社を選択するのが一般原則となります.
発注者が特に重視すること(心配すること)は,予算内と工期内で,労働災害なく,所定の品質の建造物が完成し,所期の計画が予定どおりに供用できるかどうかです.
国家的な大規模プロジェクトでは,発注者に設計・施工技術の知識・力量が十分に備わっていないことも多く,設計・施工技術面で実現可能かどうかが大きな懸念事項になります.
そこで,入札枠に設計・施工実績など制約条件を設けることや,入札にあたり設計・施工の技術提案を求めることなどが行われます.
超大型プロジェクトが完成できないリスクを回避するために,建設工区を複数に分割することや,複数企業がJVを組んでリスク分散を図ることもよく行われます.
これらのことが談合の背景にある(温床になっている)という指摘もあります.
建設現場における労働災害・労働環境・環境保全などは当たり前品質の範疇として,通常暗黙のうちに了解されている要求事項に相当します.
■企業の立場から見た建設業で起きていること
建設会社は,発注者のニーズ・期待に沿うように,品質管理は当然として,コスト・工期・労働安全衛生,環境保全,組織体制などの計画を立案し,想定される発注予定価格に対して競合他社より僅かでも少なくなるような単価で見積りを行い,入札に臨みます.
労働災害,環境保全からの逸脱,法令違反,データ改竄などを起こした場合は,指名停止などにより入札に参加できず貴重な受注機会を失います.
労働災害が他産業に比べて多い背景から労働安全衛生マネジメントシステムの導入,エネルギー消費や産業廃棄など環境負荷の大きさから環境マネジメントシステムの導入,また企業統治の態勢強化をしている企業が相当数見受けられます
民間企業による工事発注の場合は,発注者との信頼関係を長年深耕し,設計施工一貫工事の全責任を請負う特命受注への指向も強くあります.
地方自治体からの工事発注の入札においてISO 9001認証が有利になることがあり,これが中小建設業者のISO 9001認証取得に拍車をかけ「負のスパイラル」を招いたとも言われていますが,中小建設業者に品質マネジメントシステムの重要性を認識させるきっかけや品質保証体系図の導入を促したという点も見逃せません.
■良い意味でのISO 9001の誤解
地方自治体など発注者からの奨励もあり,ISO 9001による品質マネジメントシステムを構築している建設会社は数多くあります.
建設会社は,ISO 9001で要求される品質保証に加えて日本的な意味での品質保証,コスト,工期,労働安全衛生,環境保全,人材育成など広義の品質を対象にしたマネジメントシステムを実質的に運用しなければ経営が成り立ちません.
そして,パフォーマンス全体の改善に努め,直接顧客である発注者を通して最終顧客のニーズと期待に応えることで,持続可能な発展を手中に収めようとしています.
この活動は,必然的にTQM(総合的品質管理)の領域に足を踏み入れることになります.
ISO 9001の品質マネジメントシステムを良い意味で誤解して拡大解釈し,広義の品質への適用を指向することが企業の健全な事業遂行を促すと思われます.
ではどのようにすればよいのでしょうか…
今回のメルマガでは,建設業において今起きていることを紹介しました.
次回のメルマガでは,どのように対処すべきかを紐解こうと思います.
(村川 賢司)