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昨今の品質不祥事問題を読み解く 第2回 超ISO企業研究会からのメッセージ 「昨今の品質不祥事に思うこと」(1)  (2018-5-21)

2018.05.21

 

 

新シリーズ「昨今の品質不祥事問題を読み解く」

いよいよ今回から深く斬り込んで参ります。毎週の情報更新を楽しみにして頂ければ有難く存じます。

 

 

今回から3回に分けて

超ISO企業研究会からのメッセージ 「昨今の品質不祥事に思うこと」

と題してお届けして参ります。

 

 

 

第1回 はじめに,目標・合否基準の妥当性

 

 

■はじめに

 

最近,立て続けに品質不祥事が表沙汰になりました.

私はいまJAB(適合性認定協会)の(非常勤)理事長でもありますので,これらの企業がISO 9001認証や試験所認定などを受けていると,認定認証制度の信頼性にも関わってくるかもしれず,心穏やかではありませんでした.

 

このようなことは以前にもありました.

2000年ころ,動燃問題,JCO臨界事故,医療事故,雪印食中毒事件などについてどう受けとめるかという趣旨で,日経の英文紙の記者の取材を受けました.

アメリカから見れば「品質立国日本は一体全体どうなってしまったのか」と不思議だったのでしょう.

 

 

その後に起きた,三菱ふそうのタイヤ脱落事件のときには,JABの認定委員会(認証機関の能力評価と判定)の委員長の立場にあり,認証機関の対応の悪さに切れかけたこともあり,朝日新聞の記者に「認証はビジネスではない」というような発言をしてしまいました.

 

ここでの「ビジネス」とは,単純な利益追求の事業というような意味でした.

事業に利益は必要ですが,利益そのものを目的にしてはならない,とくに認証のような社会制度に携わる事業では,というような意図でしたが伝わったかどうか…….

 

そして,また,です…….

 

 

 

■気になること

 

私にとって,今回の一連の事案で気になることは以下のようなことです.

 

a) 目標,合否基準

第一は,設定した目標や合否基準の妥当性に関わることです.

基準に達しないとき,「この程度の未達なら実用には差し支えないのだから大丈夫だ.合格ということにしてしまえ」とか,「必要以上に高すぎる目標・基準に未達というだけのことなのだから,特採手続きも面倒だし,数値を書き換えておけばよい」というような心理が働くのではないかということです.

 

b) 公式性,形式性

第二は,公式性・形式性の尊重に関わることです.

正しいこと,基準に達していることがほぼ確実なとき,それを公式に評価し認めるという手続きを軽視するという考え方はないのだろうか,ということです.

「形式・公式より,現実・実態の方が重要だ」とか,「実態が適切であれば,形式にとらわれることなく効率的に運営する方が賢い」というような,ある種の合理主義(私は軽薄なエセ合理主義と思います)が組織運営の原則になっていることはないのでしょうか.

 

c) 組織文化,風土,価値観

第三は,組織の理念・哲学・行動原理に関わることです.

前項の「公式性」にも関係しますが,「コンプライアンス,遵法に係る規律にゆるみがあるのではないか」という疑問です.

多くの識者がこの視点でのコメントをしています.

なぜなら,結局は,同じ企業が,同じような,望ましくないことをやっているようにも思えるからです.

反省したはずなのに,組織体質が全く改善されていないとの批判を受け,「今度こそ」と決意表明しながら,また繰り返している例があります.

 

 

 

 

■考えたいこと

 

こうした問題意識に対応して,以下の3つの視点から昨今の品質不祥事を考察し,対応を考えてみたいと思います.

 

(1) 目標,基準

 

まず,「合理的な目標レベル」について再確認したいと思います.

それは「上位の目的達成のために必要なレベル」と「考察した手段による達成・実現可能性」の2つの側面から決めるのではないかと思っています.

そして,こうした合理性を脅かす「高い,ときに高すぎる」目標の設定が,「競合のレベルへの対抗などビジネス上の理由で高く設定する」ことが多いことに注目し,目標レベル設定の際の留意事項,目標に達しない状況のパターン,目標・基準に達しないときの対応などについて考えてみたいと思います.

 

(2) 公式性,遵法,コンプライアンス

 

まず,「品質保証」の2つの側面について考えみます.

それは,日本が考えていた「お客様に安心して使っていただける製品・サービスの提供」という意味での品質保証と,ISO 9000規格での「合意した基準に適合した製品・サービスを提供できる能力があることを実証することによる信頼感の付与」という意味での品質保証の相違から,公式性の意義について考察したいと思います.

さらに,基準が決められているなら「悪法も法だ」というような,表面的には頭の固い賢くないと思えるが,実は重要な行動原理の意義についても考えてみます.

 

(3) 不祥事・事件を起こす組織

 

組織の文化・風土・価値観に関することとして,不祥事や事故を起こす組織は共通の特徴があるように思えます.

私が2000年ごろに行った分析・考察をもとに,不祥事を起こす組織と,そのようなことが起きにくい優良企業の差がどこにあるのかご紹介したいと思います.

 

 

今回を入れて3回でこれらについて語ることにします.

 

 

 

■考えたいこと(1):目標,基準

 

考えたいことの第一は,目標・基準のあり方です.

管理,マネジメントにおいて,「目的」とその到達レベルとしての「目標」を定めることは,最初に明確にすべきことで最重要です.

 

目標や到達基準の合理的なレベルをどう考えるべきでしょうか.

目的・目標を定めるとき最初に考慮すべきは,ニーズ・期待・要求の内容とそのレベルです.

管理対象となっている活動の上位目標のレベルから導かれることもあるでしょう.

 

もう一つ考慮しなければならないことがあります.

それは,実現可能性です.

 

目的・目標の達成のための手段・方法によって,どのレベルまで到達しうるかを考察して,目標レベルを決めるべきです.

多少の背伸びや火事場のバカ力を期待したストレッチ目標もときには有効でしょうが,逆立ちをしても到達できない目標を設定しても意味がありません.

 

品質目標の設定において高い水準に設定される可能性としては,顧客の要求を受け入れないと成約できないとか,差別化・競争優位をねらって敢えて高い目標を提示する,などが考えられます.

もちろん,現時点で実現できていなくても,納入時に達成できるとの見込みがあれば,ビジネスのために高い目標を設定してもよいでしょう.

でもそれは根拠ある「見込み」があるときでなければいけません.

 

それなりに覚悟して高い目標を設定したとして,結果的に目標,基準に達しない理由としては,第一に,レベル(水準)やバラツキ(不確実性)などの点で,技術的に無理であるとか,かなり難しいということがあると思います.

「それなりの覚悟」として,達成のための具体的実現計画,リスクとその対応など,現実的な計画が必要でしょう.

 

第二に,工程能力の低下,生産システムの劣化などによって,以前はクリアできていたレベルを維持できなくなることも考えられます.

「それなりの覚悟」として,目標達成に必要な「能力」,例えば,品質目標と製品の技術的特性との関係,工程で作り込むべき特性と工程の良品条件,設備要件,工程管理などに関わる能力として何が必要であるかを明確にして,それらを維持できる組織能力についても検討しておくべきです.

ここでは「工程能力」「機械能力」の維持という概念が重要となります.

 

さて,問題は目標,基準に達しないときの対応です.

対応としては,「不合格」にして廃棄・修復,正規の手続きを踏んでの「特採」処置,そして様々な形の「不正(改竄,ウソ,隠蔽など)」があり得ます.

どの対応策を選ぶかは,次回考察をするコンプライアンス,ルール遵守に関係しますが,とにかく「不正」はご法度です.

たとえ目標・基準が必要以上に高く現実的でなくても,その基準を公式に変えるまでは,「悪法も法」を原則とすべきです.

愚直は,小賢しさ,浅薄な要領の良さ,エセ合理主義に勝ります.

このことについては,次号で考えます.

 

(飯塚 悦功)

 

 

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