QMSの大誤解はここから始まる 第26回 ISO 9001認証を受けた会社は市場クレームを起こさないんですよね。(5) (2018-4-9)
2018.04.09
「ISO 9001認証を受けた会社は市場クレームを起こさないんですよね」というテーマで 『アウトプットマターズ』について論じてきました。
今回がその3回目。今回の内容でアウトプットマターズについてはひと区切りにしたいと思います。
「ISO 9000でいうQAの意味を確認する前に、わが国が品質保証という用語をどう理解し使ってきたかをご紹介します」として終えていました。
今回はその続きからの再開です。
■日本における品質保証の意味
わが国における近代の品質管理の歴史のなかで「品質保証」という用語がブレークしたときがあります。
それは1960年ごろのことです。
そのころ「品質管理のドーナツ化現象」と言われる現象が生まれました。
ドーナツ化とは「中心がない」という意味です。
日本は、戦後アメリカから品質管理を学び、電気・機械・化学製品分野で「SQC(Statistical Quality Control、統計的品質管理)」をコアにして、これに人間的側面への考慮を加えて熱心に推進してきました。
しかし、品質抜きの品質管理が目につくようになったとのことです。
品質管理の手法を使って、原価低減、在庫削減、生産性向上などの改善が盛んに行われるようになりました。
原価、在庫、生産性の問題は、もとを正せば品質問題に起因することが多いし、何であれ経営改善に貢献するなら、間違っているということはありません。
しかしながら、深因である品質問題の解決というより、その問題に直接効いている要因を特定して改善を図るようなアプローチに対し、品質管理のあり方としてこれでよいのかという問題提起があったそうです。
品質管理は、品質を維持し向上することに中心を置く活動にすべきだという見解です。
そこで、品質のための品質管理、品質中心の品質管理を進めようということで、「品質保証」という用語を使い始めたとのことです。
そして、品質保証とは「お客様が安心して使っていただけるような製品・サービスを提供するためのすべての活動」を意味し、それは「品質管理の目的」であり、「品質管理の中心」であり、「品質管理の神髄」である、などと言われました。
■ISO 9000の世界での品質保証
ISO 9000でいう品質保証(quality assurance)とは、ずいぶん意味が違います。
ISO 9000が日本に入ってきた当初は、少し混乱がありました。
日本人が胸を張って、わが社はスゴイ品質保証をしていると言っても、何を自慢しているのか通じませんでした。
日本人は、総合的な品質保証、品質管理、品質経営を自慢しているのですが、欧米人から見れば、品質保証をきちんとするとは、仕様通りに作られていることの証拠の提示みたいなものですから、こんなことは当たり前で、「ったい何を自慢しているんだ」となります。
日本での意味は、お客様との間で明示的に約束しようがしまいが、とにかく徹底的に満足させてやろうとすることですが、ISO 9000での意味は、合意した品質レベルの実現です。
もう一つは、実証です。
「信頼を与える」という表現から、非常に美しい取引関係を想定するかもしれませんが、ISO 9000では、実証することによって信頼感を与えるという意味です。
これから提供する製品・サービスについて実証しなければなりませんので、提供システムが妥当であることを訴えなければなりません。
「私たちはこういう仕組み、プロセスを持っているから大丈夫です。
その証拠に品質保証体系図、プロセス仕様書があります。
それらは、国際標準に準拠しています。
それに加え、決められた通りに実施しています。
その証拠に記録があります。
どうぞ見て下さい」
というわけです。
証拠を示すことによって「これからもずっとできます信頼して下さい。契約して下さい」と訴えること、これがISO 9000でいう品質保証です。
1960年当時の「ドーナツ化現象」の反省は貴重だったと思います。
品質管理という方法論を勉強してきた人々は、このころ「この思想・方法論を原点に返って品質のために使おう、本当にお客様が喜ぶものを作っていくために使おう」と再確認したのですから。近代の品質管理の本格的適用の約10年目にして、品質回帰(原点回帰)のような現象が起きたことは素晴らしいことでした。
真の顧客満足のためには、仕様通りの製品の提供では不十分で、ISO 9001をベースにして、日本的な意味での品質保証のためのQMSを構築すべきでしょう。
これこそがISO 9001の有効活用の第一歩ではないでしょうか。
にもかかわらず、サーベイランスで不適合の指摘がなければそれでよいと考える方が少なからずいるというのは、何とも日本も衰えたものだと思います。
■品質を保証するとは何をすることか
「品質保証」の名の下に何をするか、要は「保証する」とは何をすることか考えてみます。
私たちは、ときに「業務の品質保証」とか、「仕事の質を保証する」なんてことを言いますが、それが何を意味しているのか、考察してみます。
「品質を保証する」とは、品質について「顧客に信頼感を与えることを請け合う」ことだと思います。
ISO 9000の世界では、信頼感を与えるために、仕様通りの製品を提供できる能力があることを「実証」することに力点を置きます。
そして、手順の存在の証拠としての手順書、実施した証拠としての記録など文書類が重要視されます。
自分がまともであることを証明・説明することが基本です。
日本で品質保証という用語が広まる契機になった、誠実な品質保証のために何をすべきかという点ではどうでしょうか。
信頼感を与えるためには、はじめから品質の良い製品・サービスを提供できるようにすることと、もし万一不具合があった場合に適切な処置をとることの2つからなると考えられます。
はじめから品質の良い製品を提供できるようにするには、手順を確立する、その手順が妥当であることを確認する、手順どおりに実行する、製品を確認するという四つの活動になるでしょう。
何かあった場合の対応は、応急対策と再発防止策に分かれます。これらを以下にまとめておきます。
品質を保証するとは
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1.信頼感を与えることができる製品を顧客に提供するための体系的活動 1.1 顧客が満足する品質を達成するための手順の確立 1.2 定めた手順通りに実施した場合に顧客が満足する品質を達成できることの確認 1.3 日常の作業が手順通りに実施されていることの確認と実施されていない場合のフィードバック 1.4 日常的に生産されている製品が所定の品質水準に達していることの確認ならびに未達の場合の処置
2.使用の段階でメーカ責任のトラブルが生じた場合の補償と再発防止のための体系的活動 2.1 応急対策としてのクレーム処理、アフターサービス、製造物責任補償 2.2 再発防止策としての品質解析と前工程へのフィードバック —————————————————————————————————————- |
2.の方は、応急処置・影響拡大防止と再発防止・未然防止の、2つの対応のことを言っています。
はじめから品質の良い製品を提供する仕組みについての1.1~1.4は何を言っているのでしょうか。
1.1は、手順、プロセス、システムを作れと言っています。
1.2はその手順でまともな製品が提供できることを確認しておけと言っています。
実は、これは難しいことです。
論理的にこの手順でよいことを言うか、過去の経験から致命的な問題が起きていないことを言うか、手順、プロセスの要素として良いとされているモデルを適用していることを言うか、あるいはそれこそISO 9001に適合していると言うか、いろいろ考えられます。
1.3は、決められた通りに実施するようにと言っています。
そして、本当にルール通り実施していることを確認しなければなりません。
ここにISO 9001の認証の使い道があるかもしれません。
ISO 9001は、結局は「決める、実施する、確認する」です。
決めた内容が適切なら、やるべきことを実施する仕組みの基盤として使えます。
やるべきことを実施するのは、簡単に見えて実は難しいですから、その意味でISO 9001は有用と言えます。
1.4は、要するに実物で確認せよと言っています。
正しいはずの仕組み通りに実施して生み出されたものが期待通りかどうか、現物で確認するということです。
いわゆる検査がそれに当たるでしょう。
品質保証には、こうした全組織を挙げた体系的な活動が必要だということです。
普通の組織には、どの部門がいつ何をするかの概略フロー図のような感じの品質保証体系図があります。
通常の工業製品であれば、マーケティング・商品企画から、設計・開発、生産準備・生産、調達、販売・サービス、市場評価などに至る一貫したシステムの大要を図示したものがあると思います。
この図には、各ステップで実施すべき業務を各部門に割り振ったフロー図として示されるのが普通です。
関連規定や主要な標準の種類を示してあるものも多く、提供する製品・サービスが組織的にどのように品質保証されるのか、その全貌を可視化するものとして有効だと思います。
■クレームはなぜ起こるか
さて、長々と検討してきた「誤解」にもどります。
QMSが確立しそれなりに運用されていても、なぜクレームが起きるのでしょうか。
上述の1.1~1.4によってかなり優れたQMSが構築・運用されていても、明日また設計し期待したように運用され、適合製品だけが出荷されるとは限らないことは容易に想像できるでしょう。
1.2によって、QMSの妥当性が「確認」されていたとしても、それが絶対的に正しいとは限りません。
また、1.3で期待しているように、いつでもどこでもルール通りに業務が実施されているとも限りません。
1.4で製品の確認をしていますが、それでもこれから産出される製品についてその品質を確実に確認できるような検査体制になっているとは限りません。
原因系で結果の質を担保しようという方法は、極めて有効であるし、効率的ではありますが、完全ではありません。
だから、ISO 9001のモデルが完全であって、それに適合するシステムを構築し、愚直にそれを守ったとしても、それでも綻びはでるに違いありません。
しかも、ISO 9001という一般的モデルを各組織において適用しようとするときに、正しく理解し、的確にシステムを構築・運用するとは限らないのです。
そういう意味で、確かにISO 9001に適合するQMSを構築し運用してもクレームが発生する可能性があって、「市場クレームを起こさない」というのは誤解には違いないのですが、それでもクレームを減少させる効果があることは疑いようがありません。
結果ではなく、その結果を生み出す「能力」に注目しているのがQMSなのです。
次回は、このQMS能力を認証審査で評価することの限界と改善への可能性について考えてみたいと思います。
(飯塚 悦功)