QMSの大誤解はここから始まる 第18回 ISO9001は大企業の製造業向けで,中小・零細企業には無理である(1) (2018-2-12)
2018.02.13
品質管理や品質マネジメントシステム(QMS)について,中小企業の方々の話をする際,“ISO9001は大企業の製造業向けで,我々中小・零細企業の会社には無理である”といったような声をお聞きすることがあります.
ISO9001の審査・維持にかかる費用面が主なる理由なのかなと思っていましたら,話を更に聞いていくとそればかりではなく,ISO9001に基づくQMSに関して,
1. 大企業のような“立派な”品質マネジメントシステムを構築しないといけない
2. ISO9001のQMSは製造業向けであり,他の業種・業態には合わない
というお考えがその背景にあるように思います.
今回と次回では,『ISO9001は大企業の製造業向けで,中小・零細企業には無理である』という誤解の裏にある考え方は何なのかについて,解説をしたいと思います.
まず今回は,上記1.の「大企業のような“立派な”品質マネジメントシステムを構築しないといけない」という考えについてです.
(1)文書化に関する誤解
このような考えに至ってしまう第1の理由は,「文書化に関する誤解」にあると思います.
・漠然と何でもかんでもすべて文書化しなくてはならない
・大企業並みに手順書,マニュアルや関連する書類を作成,準備して,チェック体制も2重にも3重にも手厚くしなくてはならない
・そして,そんなことができるのは経営リソースに余裕のある大企業だけであり,中小・零細企業には無理である,
という論理展開です.でも,果たして本当にそうでしょうか?
本大誤解シリーズの他の回の中で,文書化の役割は,「a.知識の再利用」,「b.コミュニケーション」,「c.証拠」の3つがあると紹介しました.
簡単に説明しますと,「a.知識の再利用」は,現時点で既に分かっているもっともよい業務のやり方(≒ベストプラクティス)を組織として共有化するために文書化し,文書を媒介として,これから実施する業務で誰もがそのベストプラクティスを活用できるようにしましょう,ということです.
複数の従業員間で適切にコミュケーションして業務を実施するためには,作業指示書や帳票などの文書が必要不可欠であり,それが「b.コミュニケーション」です.
そして,ISO9001は第3者による認証制度ですから,自社がちゃんとやっていることを根拠をもって示すための文書(記録を含む)が最後の役割の「c.証拠」となります.
ここでキーとなるのは,文書化のこれら3つの役割に照らして,自社にとって必要かつ十分な文書化はどの程度であるかを見極めることだと思います.
一般的には,中小・零細企業は大企業と比べて従業員数は圧倒的に少ないため,「b.コミュニケーション」に関わる文書は少なくて抑えられると言ってよいでしょう.
また,「c.証拠」については,豊富な製品カテゴリー,複数の事業ドメインを持った大企業では,それぞれの製品カテゴリー,事業ドメインで業務のやり方や仕組みが大きく異なることがありますから,自社がちゃんとやっていることを示すための証拠もそれに応じて増えていきますが,中小・零細企業では数種類程度の製品カテゴリーに必要な証拠で済むでしょう.
一方で,「a.知識の再利用」に関わる文書はどうでしょうか.
ここで要求されうる文書というのは,例えば,設計・開発,購買(調達),製造など,その会社が顧客に提供する製品・サービスの品質保証に必要な業務機能(以下,品質保証機能と呼びます)に関する文書を指します.
これら品質保証機能は,大企業だから必要,中小企業だから不要というような性質のものではなく,企業サイズの大小に寄らず,自社がビジネスをしていくうえで必要な品質保証機能はすべてカバーしなければならないことは,当然のことです.
つまり,文書化のa.の役割から見ると,大企業だろうが中小・零細企業だろうが,必要な文書は変わらないといえます.
一般論的にはこのように言えるのですが,実際には個々の企業や取り巻くビジネス環境によって,文書化の程度は変わるということも理解しておくべきです.
例えば,中小企業は従業員の数が少ないですが,日本人と文化も価値観,慣習も大きく異なる外国人を従業員として雇用する場合には,日本人従業員と比べてより一層丁寧な説明を要する手順書を準備しなくてはならないでしょうし,日本人従業員相手では想定もしなかったような手順書やマニュアルも必要になることもあるでしょう.
この場合,中小・零細企業における「b.コミュニケーション」に関わる文書は逆に増えます.
「c.知識の再利用」に関わる文書も同様のことに言えます.企業サイズには関係ないと既に述べましたが,上で示したような各品質保証機能に係る技術や組織の成熟度,実力レベルの違いによって必要となる文書の数や詳細度が変わりえます.
中小・零細企業だからといって,ある特定の品質保証機能に関わる技術,組織の成熟度や実力レベルが大企業に比べて必ず低いとは言えず,むしろ,近年はある特定の業務機能で卓越した能力を持った中小・零細企業の活躍が多く見受けられます.
その意味では,ある特定の業務機能では,大企業に比べて充実した文書を有しているが,他の業務機能では大企業のほうが,保有文書が多いかもしれません.
つまり,中小・零細企業であろうとも,必要な業務機能についてはきちんと機能していなくていけないし,そのために必要十分な文書は準備すべきです.
ただ,その業務機能を果たすためにどのように運営するかは,個々の企業によって大きく異なります.
その運営の仕方を,ISO9001規格の要求事項を“変に”拡大解釈し,大企業流のやり方と想定して「適用できない」と言うのは間違えである,と理解すべきでしょう.
簡潔に言うならば,「中小企業だからといって,必要な業務機能が欠如してよいということはない,やり方は千差万別だが」ということに留意すべきです.
(2)“立派な”マネジメントシステムに対する誤解
第2の理由は,“立派な”マネジメントシステムこそが,唯一正しいマネジメントシステム(以下,MSと表記)である,というような脅迫観念にも似た考えがあるのではないかと推測しています.
このような考えに至ってしまうのは,何のためにMSがあるのかというそもそも目的を忘れ,MSを構築すること自体が目的化しているからだと思います.
MSを構築する目的をおろそかにしながら,分厚い品質マニュアルを作成したり,お金も手間もかけた生産管理のための見栄えの良い情報システムを導入していることに,どのぐらいの意味があるのでしょうか.
果たして,これが“立派な”MSといえるのでしょうか??
MSは,経営(事業)目的達成のための手段です.
経営(事業)目的は,たとえ同じ業種・業態であったとしても,個々の企業によって異なります.
目的が異なれば,それを達成する手段も異なる,と考えるのが自然です.
そして,Qualityに関わるMSがQMSですから,Qualityに関わる経営(事業)目的の達成手段がQMSとなり,各企業によって立派なQMSの様相も大きく異なるといえます.
言い換えれば,自社にとって立派なQMSであるかどうかは,自社の経営(事業)目的を効果的,効率的に達成できるような仕組みになっているかどうかである,ということだと思います.
経営目的達成のためのQMSという観点から見ると,残念ながらISO9001が提示するQMSは,製品・サービスの品質保証に関わる必要最低限の要求事項を示したミニマムQMSモデルであり,かつWhat(何をすべきか)を示しているのみでHow(どうやるか)は会社自身が決めます.
このようなISO9001の限界と特徴を理解した上で,経営目的達成のためのQMSを構築するという目的を見据えて,いまISO9001を活用していかに経営の組織基盤を整備していくかという思考が求められているように思います.
(金子 雅明)