ここがポイント、QCツール 第10回 作業標準(4):役に立つ作業標準 (2016-12-12)
2016.12.12
業務の管理のためには,目的を達成するために(アウトプット),何を受け取り(インプット),どのような資源を使い(リソース),どのような活動をするか(活動),またその間どのような状況把握や介入をするか(測定・管理)を明らかにする必要があります.
質の良い業務を効率的に実施するためには,その業務プロセスを構成する活動を実施する良い方法を規定している「作業標準」が必要です.
今回は,3週にわたる準備を経て,その「作業標準」のポイントについての説明を試みます.
一般的な原則については,すでに述べてきましたので,それらを思い出しながら,作業標準の制定,運用,改訂において留意すべきことを,ご自身で整理してみて下さい.
なお,ここで「作業標準」とは,製造プロセスの現場で使用されるいわゆる狭義の作業標準に限定せず,広く業務一般において,目的を達成する手段について規定した業務標準,手順,マニュアル,指針などを意味するとお考え下さい.
■(9) 作業標準をどうつくるか
ここでいう(広義の)「作業標準」の対象となる要素は,当該プロセスの構成要素のいずれでもありえますが,重要なのは「活動」+「測定・管理」と「リソース」に関わる標準です.
活動+測定・管理が重要であることはご理解いただけると思います.
リソースに関わる標準とは,そのプロセスの活動を支え,また投入される経営資源,例えば,設備・機器,作業・業務環境,ユーティリティ(電気,ガス,水など)の維持の仕方についての標準です.
作業標準の考察にあたって,ものづくりの現場で作業標準がどのように運用されてきたかを概観してみることにします.
製造作業標準に記述する内容は多種多様ですが,おおよそ以下のようなものが含まれます.
- ・作業・業務の目的
- ・作業対象物,使用材料・部品
- ・作業・業務の手順・方法
- ・作業・業務従事者,必要な資格・能力
- ・作業・業務の時期・場所
- ・使用する設備,金型・治工具,補助材料
- ・品質基準,その計測方法
- ・品質,安全上で注意すべき事項
- ・異常処置の方法
作業標準は,2つのタイプに分けて運用すると良いと思います.
例えば,製品Aの最終組立ラインのある工程の作業標準であるとすると,どこにどの部品をビスで留め,どの部品をどこに半田付けし,どう配線するかを指示するような標準と,ビス留め,半田付け,結線,○○性能測定などの要素作業の手順,方法を規定する標準です.
前者は,配線や組立手順など製品ごとに定められる標準,および設備・試験機器の操作方法など装置ごとに定められる標準です.
後者は,製品が変わっても,共通的に行われる要素作業に関する標準です.
ある製品を正しく作るために,要素作業標準で規定される方法に従って,その製品を成立させるために必要な要素作業を過不足なく行うという考え方に従うものです.
前者は「作業指示」,後者は「コツ」と言ってもよいでしょう.
一流の作業者なら,コツの方の作業標準は必要ないかもしれませんが,何を作れという作業指示の標準は必須です.
多品種が流れる組立ラインで,その日の組立作業に合わせ,作業者の前に置かれる標準は「作業指示」で,作業すべき事項に関する記憶を助けていると言えます.
コツの方の標準は,作業に着手する前に,教育・訓練によってスキルとして身に付いていなければならず,標準を見ながら作業することは考えられません.
ここでは製造作業を例に挙げましたが,その他の業務一般においても,作業(業務)標準の体系を,このような見方で再整理してみるとよいと思います.
「コツ」に関する標準こそが,知識の再利用を促すための知識コンテンツの可視化・構造化を具体化するものの一部になります.
■(10) 守ってもらってこその作業標準
作業標準は,実施すべき作業についての分析(作業内容とその結果との間の関係の解析・理解)と最適化(望ましい結果を得るために必要な作業の内容)の成果であって,要求品質を効率的に実現するための作業,手順を文書化したものです.
その意味で,作業標準は,製造作業・サービス提供行為に関して「良いと分かっているモノや方法」です.
良いことなのですから,遵守されなければ意味がありません.
通常,然るべき組織には,それなりの作業標準がそろっています.
ところが,いろいろな品質トラブルが発生します.
その原因として,作業標準がおかしいということもありますが,いろいろな理由で守られておらず,それが問題発生の直接・間接の原因であることも少なくありません.
作業標準が,作業する人に完全に理解され,遵守されるように努力を惜しんではなりません.
そのために,まずは教えます.
そして,身に付くように訓練します.
その上で,作業者が「理解する」ことが重要なのですが,非常に難しいことです.
通常,新しい作業(業務)標準は技術者・管理者によって起草されます.
しかし,作成しただけで作業・業務の質と効率が保証されるわけではありません.
関連する管理者,監督者,作業・業務従事者がその内容を理解しなければ何の意味もありません.
必要なら教育・訓練を行わなければなりません.
作業・業務の教育・訓練においては,単にその内容だけでなく,結果が後工程に及ぼす影響,完成品の品質や最終的な仕事の結果に与える影響についても理解を得ることが大切です.
作業・業務にあたって,作業・業務に従事する人には以下のことが望まれます.
- ・作り込むべき品質を十分に理解していること
- ・その方法で実施しなければならない理由を理解していること
- ・品質の達成状況を確認することができること
- ・要求に適合しない場合は,工程,作業を調整できること
- ・品質達成のための動機づけがなされていること
このため,作業・業務標準の教育・訓練においては以下の考慮が必要となります.
- ・現場で現物を用いて教え,実際に作業させてみる
- ・標準を守らないとどんな結果になるのかを教える
- ・標準の行間ににじみ出る作業・業務ノウハウを教える
作業標準は,意図,内容が伝わらなければ,まさに絵に描いた餅です.
標準をポンと渡してそれきりにするなど,まさに言語道断です.
■(11) 分かってもらえる作業標準
要するに,守ってもらうためには,分かってもらわなければならないということなのですが,分かってもらうために,作業標準はどのくらい詳細に書くべきなのでしょうか.
一流の超ベテランのための作業標準と,素人に毛が三本という程度の作業者のための標準が同じようなものでよいとはとても思えません.
作業標準の詳細さについては,古くから議論されてきた話題です.
考えるヒントは,作業・業務標準が,目的を達成するための手段を規定するものだというところにあります.
目的を示されただけでどうすればよいか分かるなら,その実現手段を事細かに指定する必要はありません.
どうすればよいか簡単には分からないというのなら詳細に規定する必要があります.
記述の詳細さについての判断基準はここにあります.
それでは,目的達成の手段が分かるかどうかは何で決まるのでしょうか.
一つは,その作業・業務の特徴,性質に起因する難しさです.
その作業・業務遂行に関わる技術の成熟度に依存するということです.
もう一つは,その作業・業務に従事する人の能力(知識,技能)です.
適度な詳細さの作業・業務標準を作成するためには,想定する実施者のレベル,あるいは前提としている教育・訓練の内容を明確にしておく必要があります.
このレベルを揃えておかないから,ときどき標準がダメだからなんて指摘されるが,実は,その標準を理解し使いこなせるだけの,基礎知識,基礎能力を付与しておかなかったことが問題かもしれません.
作業標準を理解しているとは,結局は,「何をするか」(目的),「どのようにするか」(方法,手段),「なぜそうするか」(根拠)が分かっていることです.
「どのようにするか」は,「何をするか」の詳細手順,あるいは作業のノウハウやコツで,レベルの高い作業に必要な知識です.
つまらないことを規定しないで,こうしたことが端的に記述される標準を目指したいものです.
「なぜそうするか」は重要です.
本当に理解しているというのはそういうことで,これが分かっていないと,仕事に対する忠誠心も沸きません.
標準を守ると,質と生産性が保証される根拠,守らないとどのような不具合が生じ,それがどのような意味で製品・サービスの質に悪影響を与えるかを理解していないと,標準通りの正しい作業を持続してやってもらえません.
知識ばかりでなく,標準で指定された通りに実施できる腕前も必要です.
作業標準の前提として,基本知識とともに基本技能が必要です.
いわゆる技能レベル,スキルを確認し,必要に応じて訓練することが重要です.
知識教育と一体となった訓練プログラムを用意し,資格認定の仕組みを考えてもよいでしょう.
「改善提案」という制度がありますが,実はこの制度の真のねらいは,改善効果にはなく,提案の根拠を考える機会にすることにあります.
提案の根拠を求められ,「ルール,標準はこうなっているが,このような理由で,こうした方がよい」と提案することで,どのような作業標準があり,どう書かれているか,きちんと読み理解しようとすることになります.
始めから意図していたかどうかは分かりませんが,改善提案制度というのは,作業標準の内容の理解を進める巧みな方法なのです.
■(12) 標準の改訂
製造現場において,改善提案制度やQCサークル活動を通してプロセス改善が進むと,標準の改訂が頻繁になりますが,これを嫌がる製造現場の監督者に会ったことがあります.
とても誠実な方で,作業標準とは,自分よりエライ技術者や管理者がよく考えて決めたもので,「神聖にして犯すべからず」であり,そもそも間違いはないものだと考えたいようでした.
もしかしたら,自分でいろいろ考えるとか,自分が参画して改訂したら責任が伴うとかいう心理が働いているのかもしれません.
私は,現場の診断をするとき,標準の改訂履歴を見て,何年も改訂されていないと,「この標準は使っていない」と疑います.
人間はカンペキではないし,技術は進歩します.
その時々のベストを使っていけばそれでよい,という考え方を広めたいものです.
不完全なこと自体は,新しいことや難しいことではそれほど恥ずかしくし,むしろそれを迅速,的確に修正していくことが重要だという価値観の浸透を図りたいと思います.
質の高い作業は,標準通りの作業の実施によって保証されますので,常に合理的な作業標準を維持することが肝要です.
そのためには,教育・訓練とともに,標準に問題がある場合,あるいは改善の余地がある場合,それを速やかに検討して,標準の改訂に結びつける仕組みが必要です.
作業・業務に携わる人々からの標準に対する質問,疑問,意見,提案を受け付け,迅速に採否を決め,改訂した場合にその内容の周知を図る仕組みです.
これらが,人々の意欲向上につながり,何よりも「正しいことを決め,共有し,それを守って,レベルの高い仕事をする」という価値観,文化の醸成をもたらします.
何十年も前に印象に残る経験をしました.
テレビの組立ラインの調整工程でのことです.
担当のAさんが産休に入り,Bさんに交代しました.
調整というのは製品の状況に応じて適切に対応する難しい業務で,2人とも優秀な方でした.
交代後に調整不良が激増しました.
まず,Bさんが標準通りに調整したかどうか調査しました.守っていました.
調整標準が正しくないことになります.
そこでAさんに確認してみました.「ええ,調整手順通りでは上手くいかないので工夫しました」
これに対する製造課長と私の対応案は真逆でした.
課長は「誉めたい」,私は「叱るべき」でした.
ルールを守ることが原則で,ルール・手順の不備に気がついたら申し出て組織的に直すべきと思ったからです.
Aさんは,叱られてもその意味を理解できる賢い方ですので心配はいりません.
ルール・手順に組織の知恵を埋め込んで,組織全体を一定レベル以上にし,また改善において,組織の知恵の実体としての標準を改訂し組織として成長すべきです.
標準とはそのような成長の基盤なのです.標準の改訂とは,組織の知的レベルの向上の軌跡なのです.
飯塚 悦功(東京大学)