基礎から学ぶQMSの本質 第36回 トップ診断 (2016-09-27)
2016.09.26
かつてTQCと呼ばれ、現在ではTQMと総称される、わが国の品質マネジメントには、方針管理との関連で、トップ診断、社長診断、部門長診断などと呼ばれる、管理状況に対する興味深い診断方法があります。
「ホンモノ志向の品質経営シリーズ」の「テーマ3:基礎から学ぶQMSの本質」の最後の話題として、この「トップ診断」を取り上げます。
これは診断であって監査ではありません。
専門家が行うのではなくトップ自らが(広義の)品質マネジメントの効果的運営に関するレビュー、評価、課題認識、改善勧告を行います。
組織管理の体制として、通常は職位に応じた管理情報が経営管理者層にもたらされるようになっています。
しかし、きれいにまとめられた報告は、ともすると真実を見失わせます。
普通、最前線の社員から社長までは、①社員、②主任・係長、③課長、④部長、⑤取締役、⑥常務・専務・副社長、⑦社長と、まあ呼称はいろいろですが、多くの階層のフィルターを経ることで、黒が白に変わる、いやそれほどでなくとも黒に見えなくなることが多いのですが、トップ診断は、経営トップ自らが現場の第一線の従業員との対話を通して、経営・管理の実態を知る絶好の機会を与えます。
「方針管理」が海外とくにアメリカに紹介されたとき、経営者が喜んだのは、自分のやりたいことが組織を挙げた活動に通訳されていくその仕組みにありました。
同時に、「トップ診断」についても、「監査;audit」でなく「診断;diagnosis」という用語に新鮮さを覚え、またそれが自ら現場の実態をもとに具体的事項について調査・指示をする機会であることに、日本的な経営管理の特徴の一端を見る思いもあって強い関心を示しました。
日本の品質管理の発展過程において、トップ診断がいつどのように始められたかについて、興味深い逸話があります。
それは小松製作所(現コマツ)存亡の危機に関連しています。
昭和30年代終わり、貿易自由化、資本自由化など日本の開放経済体制への移行の過程で、建設機械は言ってみれば生贄としてこの厳しい政策の適用領域となりました。
小松は当時国内ブルドーザー市場の6割のシェアを確保していましたが、アメリカの巨大建設機械会社キャタピラが、日本に参入してくることになりました。
三菱キャタピラです。
小松はつぶれると、当時の誰もが思っていました。
この危機を乗り切るため、小松はTQC(総合的品質管理、全社的品質管理)を導入します。
キャタピラのブルドーザーをバラバラにして徹底研究し、基本的には真似をして、自社製品の品質・信頼性の画期的向上を図りました。
これを「マルA作戦」と呼び、最優先活動と位置づけ死にもの狂いで頑張りました。
その結果、国内シェア6割は死守し、昭和39年(1964年)にデミング賞実施賞を受賞します。
この品質管理推進を指導したのが、日本の近代の品質管理の父ともいえる石川馨先生です。
私が引き継いだ講座の先々代の教授です。
初代経団連会長・石川一郎の長男、鹿島の石川六郎元社長・会長の長兄です。
石川先生が関わりを持ったのは、当時の小松の社長・河合良成氏の長男で、後に社長・会長になる河合良一氏が石川先生と東京高校(現・東大教養学部)の同窓であったからです。
河合良一氏は品質担当の部長でした。
石川先生は指導を引き受けるにあたり、同窓である河合良一氏に、自分が工場を訪問して組織的品質改善に取り組むすべての場面に同席するという条件をつけたのです。
河合良一氏は、この経験を通じて、品質管理という横串的部門の責任者として全社の現実をつぶさに見て、泥臭い実態の観察、考察から得られる知見がいかに重要かを理解し、自分がトップになったあともこの活動を続けるのです。
小松はまた当時、「旗管理」という方針管理の萌芽的な手法を編みだしますが、それもあって、わが国の品質管理において、トップ診断が、方針管理に関わる方法論と位置づけられ、発展をしていくのです。
方針管理の発展とともに、トップ診断についても、各社で独自の工夫がなされます。
こうしなければトップ診断とは言えないというような規則があるわけではありませんので、有効と思う方法で自由に行えばよいと思いますが、基本として、
①トップ層自らが行うこと
②現場第一線の実態を把握すること
③共同研究・奨励の場であること
は守った方がよいと思います。
トップ診断の内容は、目的に応じて多様ですが、大きくは以下の3つに整理できるようです。
・方針管理で掲げられた方針、課題の達成に向けての進捗のレビュー
・QCD(品質、コスト、納期・量)など経営要素についての重要課題の総合的レビュー
・各部門の日常管理の実態の診断
第一の「方針管理の進捗レビュー」は、方針管理の仕組みそのものに組み込まれていますので、改めてトップ自らが行う必要はないとも言えるのですが、トップの方針が目標・方策に展開され、さらに実施事項計画に詳細化され、進捗していく状況を、そもそもの方針達成の視点、トップの思いの実現の点から妥当であるかを確認することは意味があります。
この確認を、総花的に行う、もしくは指標による把握を基礎に行うのではなく、事例・ケースを取り上げて具体的に検討した経緯の中間報告に基づいて行うのが普通です。
いわゆる管理屋さんに言わせると、少数の事例など見てもダメで、総合的な指標で判断すべきだと軽蔑されるのですが、そんなことはありません。
個々の事例・ケースの考察から意外な事実が分かります。
ことの経緯、因果メカニズムが普遍的なものかどうか判断する能力があれば、まとめられた数値を見て行うより管理対象の実態について遙かに適切な判断ができます。
また進捗が思わしくない背景の理解、環境の変化に応じた対応の必要性の認識など、トップ自らが直接ヒアリングして迅速に手を打つことが重要な場合には、有意義な機会になります。
度胸のある図々しい課長クラスは、この機会に、多少のお叱りは覚悟のうえで、緊急に実施しなければいけないことをトップに認識してもらい、対応に必要な人とお金をちゃっかりいただこうと虎視眈々とねらっています。
第二の「重要経営課題の総合レビュー」もまた、機能別管理(経営要素管理)の枠組みのなかで、特定されている課題について対応の進捗管理はなされるようになっていますので、とくに設定する必要はないように思えます。
しかし、ここでも具体的事例を取り上げて検討する、トップ自らがその検討に加わるということで、大きな効果が期待できます。
経営管理の仕組みがまともなら、その年度あるいは2~3年を見越した経営課題は明らかにされています。
そしてそれらが展開され、各部門、委員会、プロジェクトチーム、タスクフォースなどによって、課題解決、課題達成に向けて改善・改革活動が進められていることでしょう。
これをトップ陪席のもとで、具体的事例・ケースを題材にして、課題の認識は正しいか、方策は技術的・経済的にみて妥当か、活動の阻害要因は何か、テコ入れの必要はあるかなどについて検討し、明らかにされた課題を敷衍化し、広く対策を講じます。
個々の事例で深く理解し、その知見を広く適用するのです。
第三の「各部門の日常管理の実態の診断」こそが,本来のトップ診断だという方もいます.
その典型的な方法は,課・グループ程度のあまり大きくない業務範囲を取り上げ,日常管理の実態をトップ自らが,「診断」するというものです.以下に,質問と調査項目の例を挙げておきます.
●あなたの仕事は何ですか?
・あなたの仕事の目的は何ですか?
・顧客(あなたの仕事の成果の利用者)の期待・要求は何ですか?
・仕事の目的にはどのようなものがありますか?(展開)
●その仕事の出来映えをどのように判断していますか?
・管理項目は何ですか?
●仕事の目的を達成するための手段・手順はありますか?
・それはどのようなものですか?
→プロセスフローチャート,マニュアル(規程,標準書,要領など),帳票
・それらの前提要件は整備されていますか?
→従事者の資格,教育・訓練,部品・材料,設備・計測器の保守など
・それらの方法が”良い”ということをどのように保証していますか?
●例を挙げて,それらの手段・手順に従って実施した内容を説明して下さい.
→ルール通り実施しているか?
→手段・手順の根拠を知っているか?
→必要な記録が残されているか?
●実施結果を管理項目で把握していますか?
→管理グラフなどを確認し,パフォーマンスのレベルを判断
・(とくに問題がなければ)何か改善の余地はありますか?
・(管理水準外の事例についていくつか選定し)これらの異常について状況を聞かせて下さい.
●管理水準外事例について聞かせて下さい
・どのような応急処置をとりましたか?
→迅速・正確・誠実? 異常現象除去? 影響拡大防止?
・問題の原因は何ですか?
→発生原因? 見逃し原因?
→計画(管理項目,管理水準,手順)? 実施?
・どのような再発防止策を講じましたか?
→固有技術,マネジメントシステムの異常原因除去
●慢性的問題について改善活動を計画的に推進していますか?
→重要項目について管理状況を把握し,慢性的問題に取り組んでいるか?
トップによる「各部門の日常管理の実態の診断」における質問の例をご覧になって,日常管理の進め方のPDCAに沿った説明そのままではないかと思われたことでしょう.
その通りです.
日常の仕事の進め方が,原則通りできているかどうか,管理の仕組みやツールなどを最近の業務実施例でトレースしているのです.
実は,この診断の方法としてちょっとひねったやり方もあります.
PDCAのCから始めるのです.
業務目的の達成度合い計る管理項目の最近の水準を確認し,不十分な面や基準に達していない例を見つけて,その原因を明らかにしていく方法です.
下手をすると責めることになってしまいますのでやり方としては難しい方法です.
過去の不満足な状態,過去の失敗をいまさら悔やんでも仕方ないことであって,その経験から日常管理の仕組みを改善するための教訓,ヒントをどう獲得し,現実にレベルアップしてきているかを探っていきます.
格好良い言葉を使えば,マネジメント力のレベルアップの実態を診断するのです.
こうした診断を正しくできるようになるためには,トップに少し勉強していただかなくてはいけません.
結果がすべてではなく,満足な結果を得る可能性を高めるために仕組みを改善することの意味を分かっていただきます.
過去の事実を明らかにしますが,それは誰をどの程度罰するかを決めるための犯罪捜査ではなく,経験から学ぶべき事項を抽出するためであることを理解していただきます.
ともすると短兵急に結果を求めがちなトップ層の悪い癖を直していただきます.
「誰がやった」は禁句です.
やり方のまずさを明らかにして,仕組みに反映するようにしていただきます.
こうしたことを理解した上でトップ自らが行う現場診断は,役員会などで報告される総括的な業務パフォーマンスなどではうかがい知れない現場の実態や,組織の体質,文化,風土の真の姿を実感できる貴重な機会でもあることがご理解いただけると思います.
組織活動の大半を占める日常管理の実態をトップ自らが肌で感じる機会というものはそれほど多くありません.
ともすると実態とかけ離れた認識を持ち,ときに誤った経営判断をする遠因となります.
逆説的ですが,日常管理の仕組みが良くできていればいるほど,社長室・役員室に居ながらにして日常の活動状況が把握できるようになり,すべてを把握した気分になってしまいます.
これが危険なのです.ささいに見えるボヤが発生するに至るメカニズムの全貌を自ら知り,それを一般化して適切な手を打つ機会を持つべきなのです.
だから,小松製作所の河合良一氏は社長になってもこの診断をやめようとはしなかったのです.
トップ診断の特徴は,トップ自らの組織の各階層に対する事例に基づく診断と,理論・たてまえより実施結果とそのプロセスの重視という2つに集約できるでしょう.
多くのフィルターを経たきれいにまとめた報告より,1件の業務実施例の診断から得られる情報に価値があることが多いため,トップはこの機会に組織の本質的な弱点をつかむことができます.
また,組織全体の目的との関連で定期的に自分の仕事を原点に返って見直すことにより,達成すべき課題や問題の構造が明らかになり,中間管理職の実力の向上が期待できます.
さらに,直接対話することによるトップと中間管理職の距離が縮まるという効果にも大きなものがあります.
さて,このシリーズも今回のテーマを最後として中締めとします。
しかし、今回で終わりというのも少し素っ気ないように思いますので、あらためて経営における品質、そのためのマネジメントシステムであるQMSの意義などについての「まとめ」をしたいと思います。
そして、その次から、品質経営、品質管理のツールを取り上げて解説をしていこうと思います。
引き続き、お楽しみに.いやどうか寛容の精神で,引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
(飯塚悦功)