基礎から学ぶQMSの本質 第8回 技術と管理のどちらが重要か(2016-3-14)
2016.03.14
■優れた業務の4条件
まともな管理が実現できるような“優れた”業務システムに必要な条件は何であろうか。
私は、「技術」「マネジメント」「ひと」「文化」であると考えている。
「技術」とは、目的達成に必要となる再現可能な方法論という意味である。
望ましい結果を得るためには、その分野に固有の技術(再現可能な方法論。そのとおり実施すれば繰り返し目的を達成できるような方法論)が確立していなければならない。
「マネジメント」とは、それら分野固有の技術を活用して、目的を継続的・効率的に達成する方法論という意味である。
目的を達成するために、技術的にどうすればよいか分かっていても、そのとおりできるとは限らない。
日常の業務の中でそれを自然に実行できる手順が必要である。
「ひと」とは、確立した技術とそれを生かすマネジメントの方法に従って業務を遂行する人々という意味である。
実施する人に「能力(知識・技術・技能)」があり「意欲」がなければ、目論見どおりには実行されず、期待した結果も得られない。
そのためには、知識・技術の教育、技能の訓練や、手順の根拠・理由、意義の理解の促進が必要である。
「文化」とは、技術、マネジメントを支え、人の思考・行動様式を左右する、組織の風土・文化、価値観を意味している。
すべての業務が、技術、マネジメント、ひとという3つの要素で規定されてしまうことはなく、日常的な業務を遂行していくうえで、質の高い業務を遂行するためには、何が重要であるかにかかわる価値観、人々の言動を律している組織の風土・文化などが重要となる。
■技術とマネジメント
この4つの条件を、「技術」と「技術」以外の3つの2つのグループに分け、第一を「技術」、第二を「マネジメント」と呼ぶことにしよう。
第一の「技術」は、上述した通り、その製品・サービスに固有の「技術」である。
例として自動車を挙げるなら、主要な材料である鉄、アルミ、プラスチック、ゴムの性質に関する膨大な知識が必要だし、内燃機関(エンジン)、制動(ブレーキ)、操舵(ステアリング)などにかかわる多様な知識・技術を保有していなければならない。
そもそも顧客・市場ニーズの構造(どのような顧客層・市場セグメントが、どのようなニーズを持ち、それらニーズが要因に左右されるか)を理解していなければ適切な製品・サービスの企画はできない。
第二は、こうした技術を組織で活用していくための「マネジメント」システムである。
高い知識・技術・技能を持っていても、それが特定個人だけのものであれば組織全体の「能力」にはならないし、然るべきときに然るべき人が適切に活用できるような仕組みを構築しておかなければ、それらの知識・技術・技能は日の目を見ない。マネジメントとは、この意味で、「技術を使って目的を達成する技術」とも言える。
これら2つの技術を、品質管理屋は「固有技術」「管理技術」と言ってきた。
「固有技術」とは、提供する製品・サービスに“固有な”技術という意味である。固有技術には、製品・サービスに対するニーズにかかわる知識・技術、製品・サービスの設計にかかわる知識・技術、実現・提供にかかわる知識・技術・技能、評価にかかわる知識・技術・技能などがある。
「管理技術」とは、固有技術を支援し、目的達成のための業務を効果的・効率的に実施できるようにし、またさまざまな運営上の問題を解決していくために有効な技術・方法のことをいう。組織運営の方法、品質マネジメントや原価管理などの仕組みと運営、標準手順やマニュアルの設定と運用、QFD(品質機能展開)、問題解決法、統計的方法などの手法・技法は管理技術の例である。固有技術は「製品・サービスに固有の技術」、管理技術は「固有技術を生かすための技術」と言うことができる。
■「固有技術」「管理技術」のどちらが重要か。
この2つの技術のうち、どちらが重要であろうか。両方とも重要なので答えにくいが、やはり「固有技術」と言わざるを得ない。
例えば、それは、マネジメントシステムのレベルというものは、そこに埋め込まれている固有技術のレベル以上にはなれないことからも判断できる。
どんなに立派なマネジメントシステムを構築しても、そのシステムの血となり肉となるべき製品・サービスに固有の知識・技術が貧相な状態では、逆立ちしても、たとえ奇跡が起きようとも、顧客に満足を与える製品・サービスを継続して提供することはできない。
組織が保有する知識・技術・技能がスカの状態で、それら貧相な固有技術を、いかに美しい体系的な手順、マニュアルに整理してみたところで、まともな製品・サービスを生み出すことはできない。
しかし、それでも管理技術の重要性を忘れないでほしい。
「固有技術を生かすための技術」と言われるとつかみ所がないが、「原理的に良い結果をもたらす方法論をいつでもうまく使いこなすようにする方法」とか「同じ失敗を繰り返さないための方法」と言い換えてもよいかもしれない。
固有技術が確立していても、その技術によって常に品質の良い製品・サービスを再現できるとは限らない。
そのひとつの重大な例が日常茶飯に起こる失敗の再発である。
固有技術が確立していれば、それは目的達成の方法が分かっていることを意味し、一度は成功できる。
しかし、成功できるその方法を再現し続けなければ、何度でも継続的に成功することはできない。
失敗したことと本質的に同じ原因による失敗をしないためには、周到な業務システムの設計が必要である。
管理技術によって実現しようとするものは、1回できることを100回でも、1万回でも、百万回でも、何度でも自然体で実施していく組織運営である。
管理技術とは、実は極めて高度な技術であるため、その深遠なる意義はなかなか理解できない。
しかし、個人の才覚に頼る芸術ではなく、科学(再現可能な方法論にかかわる知識獲得・適用の方法論)としての質の良い製品・サービスの提供のために必須の技術である。
■固有技術の可視化・構造化・標準化
日本の品質管理の歴史において、製造業以外への適用は必ずしも大成功とはいえなかった。その理由は、固有技術の可視化・構造化・体系化のレベルが低かったことにあると解釈できる。
品質の良い製品・サービスを効率的に生み出すには、まずはその製品・サービスの企画、設計、実現、提供、付帯サービスに固有の技術が必須である。さらにこれらの技術を活かす管理も必要である。
管理技術、経営科学ともいわれる品質管理は、この管理に多大な貢献をする思想・方法論である。
だが、固有技術が可視化され、形式知として美しい構造で体系的に記述されていないと、せっかくの管理システムも中身のない骨組みにしか過ぎなくなる。役に立たないISO9001の典型はこれである。形はあるが心がない、仏作って魂入れず、というところである。
かつて一部の製造業で品質管理が大成功を収めた理由は、例えば不良低減において、要因の候補として列挙した特性や条件が、技術的に見て的を外すことが少なかったからである。自動車工学、金属材料学など、ある分野の技術・知識が体系的に整理されているからこそ、未知と思われる現象についても、その発生メカニズムをほぼ正しく想定することができたのである。要素となる技術がある程度確立しているからこそ、品質管理のような管理技術が有効に機能したのである。
さらに、確立している技術・知識を、製品・サービスの提供に関わる者すべてが間違いなく活用できるようにするための技術・方法論もまた重要である。一般に、先端分野の専門家の関心は研究開発に向きがちである。技術の進展のためにこうした研究開発が必要なことは当然である。だが同時に、当たり前の技術を、しかるべきときに、しかるべき方法で使いこなす技術、換言すれば、品質の維持のための技術標準の確立も進めなければならない。先端技術だけで支えられる産業は、産業として未熟であり存立が難しく、また確立している固有技術の利用技術(管理技術)を軽視している分野も、産業として未成熟であるといわざるを得ない。
■これから
これから数回にわたって、マネジメントを巡る以下のテーマについて、超ISO企業研究会のメンバーが解説を行う。
乞うご期待。
・PDCAサイクル
PDCAという用語はどなたもご存じだろう。でも、PDCAのそれぞれで何をするのかご存じだろうか? PDCAを回すとマネジメントのレベルが向上するが、それはどういう意味だろうか?
・重点志向
管理のために使えるリソースには限界があるので選択と集中が必要である。だが、重要かどうかをどう決めればよいのだろうか? 何かを捨てなければならないとき何を捨てればよいのだろうか?
・プロセス志向
「品質をプロセスで造り込め」と言われる。どういう意味だろうか? なぜそれが正しいのだろうか? そもそもプロセスとは何だろうか?
・標準化
標準化によって統一と単純化が実現される。しかし、標準化は画一化とは異なる。標準化は、知識の再利用、省思考、独創性の基盤、ベストプラクティスの共有の手段である。独創性の基盤などということが信じられるだろうか?
・事実に基づく管理
科学的管理においては事実が重視される。事実と論理が科学的管理の基本だからである。でも、KKD(経験、勘、度胸)も重要である。どう折り合いをつければよいのだろうか?
・継続的改善
KAIZENは日本的品質管理の代名詞である。どのような意義があるのだろうか?
どのように進めればよいのだろうか?
・人間性尊重と全員参加
人間を大切にするのは日本の品質管理の特徴だった。品質に対する人間の寄与が大きいからである。日本では、品質管理は人質管理(じんしつ。ひとじちではない)と言われ、人間を重視してきた。その管理にはどのような特徴があるのだろうか?
(飯塚悦功)