ISO9001改正のこころ 第8回 QMSの適用範囲;適用可能性(2015-11-30)
2015.11.30
“ISO9001改正のこころ”第7回(前回)では,
箇条4.3「品質マネジメントシステムの適用範囲の決定」の前半に規定された,品質マネジメントシステム(以下QMS)の適用範囲を決定するときに,a)外部・内部の課題,b)密接に関連する利害関係者の要求事項,c)組織の製品・サービスに対して考慮しなければならないことを紹介した。
これらは,2014年第5版「附属書SL」(第1回参照)に準拠するとともに,ISO9001:2015としてc)を追加した要求事項である。
この要求事項は,QMSに影響する外部・内部の課題は何か,QMSに影響する利害関係者の要求事項は何か,どの製品・サービスにQMSを適用するのか,また組織のどの単位,どの機能,どの活動にQMSを適用するのかなど,QMSの適用範囲の決定にかかわるものである。
第8回(今回)は,箇条4.3の後半に規定されている,決定した適用範囲における“適用可能性”の意味について,改正されたISO9001:2015をひも解きながら考える。
■適用可能性
適用可能性に関して,附属書SLは「適用可能性を決定しなければならない」と要求しているが,適用可能性を組織がどのように判断しなければならないかの明示的な規定はない。
箇条4.3の後半に,ISO9001:2015に基づくQMSを実施する場合,その要求事項のどの部分を適用可能にしなければならないか,またどの部分を適用不可能にできるかについて,組織が決定するための要求事項が示されている。
ISO9001:2015は,決定したQMSの適用範囲内で,規格で規定した要求事項が“適用可能ならば,すべて適用しなければならない”としている。
この要求事項の意図は,適用範囲を決定するうえで,“適用し得る規定はすべて適用する”,すなわち恣意的に適用不可能にするべきでないと捉えることができる。
また,QMSの適用範囲は,文書化した情報として利用可能な状態にし,維持する必要がある。
■適用不可能の決定
ISO9001:2015は,ISO9001:2008(以下,旧規格)の箇条1.2「適用」にあった,箇条7「製品実現」に限定して適用できる“除外”について言及しておらず,“除外”という用語が恣意的な規格の未適用を暗示するという懸念からこの用語の使用を避けた。
ただし,組織の規模,複雑さ,採用するマネジメントモデル,活動の範囲,遭遇するリスク(不確かさの影響)・機会などは,組織によって様々である。これらを踏まえてISO9001:2015に規定された要求事項に該当する業務があるかないかなどの適用可能性をレビューし,該当しない要求事項は“適用不可能”にできるとしている。旧規格では箇条7にのみ限定して適用除外を考慮できたが,ISO9001:2015では適用可能性のレビューは要求事項のすべてを対象にして行うことができる。
■適用不可能の正当性
ISO9001:2015に規定されたある要求事項-例えば,箇条8.3「製品及びサービスの設計・開発」-に関して,QMSの適用範囲内でどのプロセスにも適用できないと組織は決定することができる。
しかし,この決定によって,製品・サービスの適合が達成されないという結果を招く場合は,当該要求事項(例えば,箇条8.3)を適用不可能にしてはならない。
適用不可能と決定した要求事項が,製品・サービスの適合と,顧客満足の向上を確実にする組織の能力(第3回参照)や責任に影響しない場合に限り,ISO9001:2015への適合を表明することができる。
QMSの適用範囲では,対象となる製品・サービスの種類を明確に記載し,QMSの適用範囲への適用が不可能としたISO9001:2015の要求事項のすべてについて,適用不可能の正当性(例えば,QMSの適用範囲内でどのプロセスにも適用できないとした根拠,製品・サービスの適合が達成されないという結果を招かないとした根拠,製品・サービスの適合と顧客満足の向上を確実にする組織の能力や責任に影響しないとした根拠など)を示す必要がある。
なお,“プロセス”は,旧規格では「インプットをアウトプットに変換する,相互に関連する又は相互に作用する一連の活動」と定義されていたが,ISO9000:2015は「インプットを使用して意図した結果を生み出す,相互に関連する又は相互に作用する一連の活動」となった。これは,ISO9001:2015では,プロセスの意図した結果を,アウトプット,製品,サービスのいずれと呼ぶかは,文脈によって決まることによる。
■QMSの適用範囲の決定で大切なこと
適用可能性に関する検討では,箇条4.1に規定する外部・内部の課題,箇条4.2に規定する利害関係者の要求事項,及び製品・サービスを考慮したQMSの適用範囲において,製品・サービスの適合と顧客満足の向上を確実にすることを第一義に,ISO9001:2015の要求事項の適用可能性を決定することが重要である。
建設業の例では,設計・開発機能をもたない土木施工を専門とする小規模組織では,旧規格の箇条7.3「設計・開発」を適用除外にすることがよくあるが,この場合,適用不可能であることを証明する合理的で正当な理由を示す必要がある。
事業と一体化し形式的でないQMSを実施するうえで,正当性が明白でない限り,要求事項の適用不可能を恣意的に行わないことが,組織の持続可能な発展への基盤となるQMSとして不可欠な条件である。
■製品・サービス
製品・サービスは,QMSの適用範囲の決定で考慮しなければならない極めて大切なQMSの要素である。
旧規格では,製品は「プロセスの結果」と定義され,サービス,ソフトウェア,ハードウェア,素材製品という製品分類を例示し,製品にサービスを含んでいたが,ISO9001:2015では“製品及びサービス”と明示的にサービスを分けた。
製品とサービスを分けたのは,いくつかの要求事項の適用において,製品とサービスとの間の違いを強調するためであるとISO9001:2015の附属書A.2で説明している。
その理由として,サービスの特性として,アウトプットの一部が顧客とのインタフェースで実現され,要求事項への適合がサービスの提供前に確認できるとは限らないことを挙げている。
ISO9000:2015では“製品”とは,「組織と顧客との間の処理・行為なしに生み出され得る,組織のアウトプット」と定義され,主要な要素は一般に有形であると注記されている。
また,“サービス”とは,「組織と顧客との間で必ず実行される,少なくとも一つの活動を伴う組織のアウトプット」と定義され,主要な要素は一般に無形であると注記されている。
“アウトプット”とは,「プロセスの結果」と定義され,それを特徴づけている性質のうちどれが優位かによって製品又はサービスになる。
例えば,小売店で購入したハンバーガーは製品であるが,レストランでハンバーガーの注文を受けて提供することはサービスの一部であると,ISO9000:2015は例示している。
ISO9001:2015では,製品とサービスは規格文で概ね一緒に用いられて“製品及びサービス”と対で表記されており,これは旧規格の製品と実質的な意味は変わらない。
製品とサービスを分けたことにより,業種・形態,規模を問わず,あらゆる組織-特にサービス分野-にとって,規格の適用がしやすくなることを期待したい。
2回にわたり箇条4.3「品質マネジメントシステムの適用範囲の決定」をどのように理解するかについて,ISO9001:2015とISO9000:2015を参照しながら紹介した。
重要な役割をもっている機能に対して“要求事項を適用したくない”という誤った考え方から恣意的に適用不可能にしてしまってはQMSの心を見失い,形骸化する。
事業目的の達成に寄与するQMSの実施のために,製品・サービスを通じて顧客へいかなる顧客価値をどのように提供するのかを見定めてQMSの適用範囲を定め,その顧客価値を安定的に実現する基盤となる自立的なQMSの確立,実施,維持,改善・革新へ向けてISO9001:2015をうまく活用してほしい。
(村川賢司)