ISO9001改正のこころ 第5回 ニーズの源流は市場にある(2015-11-9)
2015.11.09
第4回では、組織の特徴を活かし、持てる能力を最大限発揮するための仕組み構築の基本仕様としてISO 9001の戦略的利用について、基本的な考え方と箇条4.1 組織及びその状況の理解について述べた。
第5回は、4.1の戦略的利用に最も重要な定期的な見直しについて、及び4.2利害関係者のニーズ及び期待の戦略的利用について述べる。
中長期的視野と短期的視野
ISO 9001:2015では、4.1に「組織は,これらの外部及び内部の課題に関する情報を監視し,レビューしなければならない。」と規定している。
戦略的にISO 9001を利用する際、このレビューが非常に重要な意味を持ってくる。
レビューの目的は、短期的視点で課題の解決状況を監視し、課題に対する取り組みのレビューを行うに留まらない。
ISO 9001を利用し持続的成功を達成するには、長期的視野で組織の状況を継続的に監視し、定期的にレビューする必要がある。
そうすることで、組織を取り巻く外部環境の変化の先取りが可能となり、優位性を保つために取るべき施策が見えてくる。グローバル化した経済の下では、組織を取り巻く事業環境が想像以上の速度で変化する。
起こっている変化の中には、組織の持続的成功に決定的な影響を与える可能性を含んだものが少なくない。
組織は、自身の成功に大きな影響を与える可能性のある変化をできるだけ早い段階で察知し、迅速に対応しなければならない。
とは言っても、組織の外部状況を自身のパフォーマンスと共に継続的に監視し、重要な変化を早い時期、手遅れにならないで且つ他社に先駆けて察知するのは、そう簡単ではない。
組織は、継続的にレビューをこない、その結果を積み上げることにより、長期的視野で組織を取り巻く事業環境を分析する能力を強化する必要がある。
4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
ここまで4.1に関連する組織が取り組むべき課題に関して、ISO 9001の戦略的な利用について考えてきた。
次に、4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解について、その意味するところ、及び組織が持続的な成功を達成するために、どう利用すべきかについて述べる。
4.2で明確にした利害関係者の要求事項は、4.1で特定した課題と共に、箇条6計画のインプットとなり、QMSの特性を決めるのに重要な役割を果たす。
4.2の意図を理解するために、いくつかの基本事項を整理しながら話を進める。
顧客満足
ISO 9001の改正と同時に改正されたISO 9000:2015年版による顧客満足の定義は、
「顧客の期待が満たされている程度に関する顧客の受け止め方」
となっており、ISO 9000:2008年版の定義「顧客の要求事項が満たされている程度に関する顧客の受け止め方」に比べると、対象とすべき満足の範囲が拡大されていることが判る。
ISO 9000における顧客満足は、落第しない程度に満足という意味で、決して日本で通常理解されている顧客満足、いわゆるカスタマーデライトではないと強調された時期があったが、今回の改正で通常日本で使われる意味の顧客満足に近づいた。
利害関係者
ISO 9000:2015による利害関係者の定義は、
「ある決定事項もしくは活動に影響を与える得るか、又はその影響を受けると認識している、個人又は組織」
となっており、顧客、所有者、組織内の人々、提供者、銀行家、規制当局、組合、パートナー、社会が例として示されている。
これの中で組織の価値創造活動に直接影響を与えるのは、サプライチェーンの上流に位置する供給者、パートナー、及び下流に位置する顧客、規制当局及び社会ということになる。
ニーズの源流は市場
サプライチェーンの上流に位置する利害関係者、資源や部品の供給者、パートナーは、価値創造活動に影響を与えるが、組織が提供する価値が評価され、発現するのは、サプライチェーンの下流に位置する、顧客、規制当局及び社会であり、顧客には、製品が最終顧客に届くまでの間に位置する、卸業者や販売業者などが含まれる。
組織が提供する価値は、最終顧客に届いて始めてその真価を発揮し、新たな購買動機を喚起する。
これは、サプライチェーンが、市場のニーズに引っ張られ機能するプル型の特性を持っていることを示している。
4.2で取り扱いべき最も重要な利害関係者は、サプライチェーンの下流に位置する社会、規制当局、及び広い意味の顧客ということになる。
尚、社会は、ポテンシャルカスタマーとして、規制当局は顧客の代弁者とみることができる。
短期的に組織が追及すべき価値
ISO 9001:2015年版を戦略的に利用するには、組織が創造すべき価値そのものの追及に焦点を当てる契機として4.2を利用すると良い。
4.2を通し組織が明確にすべき事項は、
(1)個別製品の企画へのインプット、
(2)市場を構成するセグメントごとに最適化した価値、及び
(3)組織が追及すべき価値の総体としての市場である。
(2)は、組織が、提供する製品のラインアップを決める際のベースとなり、(1)は、個別の製品を決定する際のインプットとなる。
主に(1)の良否が、組織のパフォーマンスに直接影響するが、組織と最終顧客との間に中間業者が存在する場合、その影響の仕方は少し複雑である。
中間業者が製品の流れを決定し、製品の最終的な消費量は、製品を受け入れた最終顧客の数に比例する。
プル型の原動力となる需要の流れを、末端の最終顧客に届く前に途絶えさせないため、組織は、最終顧客のニーズ及び中間業者のニーズを満たす価値の製品或いはサービスを提供する必要がある。
長期的視野で組織が追及すべき価値
一般的には、(1)に対する取り組みだけに集中していることが多いが、QMSを通し、持続的成功を追求する組織では、(1)の取組を積み上げるのに加え、(2)及び(3)に対する取り組みがより重要になってくる。
4.2では、密接な利害関係者の要求事項の特定となっているが、戦略的にISO 9001を利用し真の優良企業を目指すならば、ポテンシャルカスタマーとしての社会、及び顧客の代弁者としての規制当局にも注意を払いたい。
これらの動向を監視し、定期的にレビューすることで、将来の顧客ニーズを形成する市場の動きが見えてくる。
ニーズの先取りが、組織間競争において非常に有利な状況を作り出し、持続的成功へ導く。
競争優位と戦略的レビュー
4.1同様4.2についても重要となるのが、特定したニーズを組織のパフォーマンスと対比しながら、持続的に監視し、レビューすることである。
組織が提供する価値を、市場及び顧客が受け入れたかどうかは、最終的に組織のパフォーマンスに表れる。
市場が飽和している、或いは強力な代替製品の登場等がない限り、パフォーマンスが芳しくないときは、顧客の要求事項或いはニーズに対する満足度が低い結果である。
顧客のニーズに応える価値と、組織が認識している内容と顧客のニーズのミスマッチが原因であることが多い。
組織が特段注意を払う価値として認識していない、製品に付帯するサービスや営業の対応などが価値受け入れの決定要因となることがある。
組織間競争を優位に進めるには、総合的な評価で優位性を示せる価値提供を考える必要がある。
加えて、戦略的レビューには長期的視野を欠かすことはできない。
ニーズの先取りを意識した分析、すなわち新しい市場の可能性や市場を拡大する付加価値の追及などを、長期にわたり継続的に行うことにより、持続的成功に不可欠な、長期的な視点で市場を分析する能力の強化を図ることができる。
(住本 守)
(第6回に続く)