概念編 第20回 ホンモノ志向の真・品質経営の実践(つづき)(2015-10-12)
2015.10.13
これまで、序論3回、概念編19回を費やして、「ホンモノ志向の品質経営シリーズ」の「テーマ1:成熟経済社会の真・品質経営モデル」について語ってきました。
今回は、これまで様々な表現で語ってきた、現代の成熟経済社会期の企業が経営に際して持つべき視点から導かれる経営スタイルが、高度経済成長期の成功要因の一つであった品質管理(TQC、日本的品質管理)と軌を一にするものであることを再確認したいと思います。
■わが国の品質管理の系譜
わが国の近代の品質管理の起点は、いまから70年前の敗戦後にあります。
資源の少ない小国が工業立国をめざして再出発するにあたり、品質という、経営の限定された側面の管理に特化した、アメリカから学んだ小さな武器を大切に使いこなしてきました。
これが敗戦から1960年ごろまでの、おもにSQC(Statistical Quality Control:統計的品質管理)による,製造品質の維持・向上を可能とし、その後の発展の基礎固めとなりました。
そして1980年代までに、四半世紀かけて、ものづくり大国日本・品質立国日本とも称される経済高度成長を成し遂げます。
奇跡ともいわれた経済的成功を可能にした理由は、工業製品の大衆化による経済成長モデルにあって、品質に関わる技術(再現可能な方法論)が、国や産業の競争優位要因であり、その品質に忠誠を尽く続けてきたからです。
1980年代までの高度経済成長期において、TQC(総合的品質管理)は、良質の製品を安価に安定して作ることによる事業の成功に多大な貢献をしました。
その後1990年代バブル経済が崩壊し、成熟経済社会における国力・産業競争力を左右する思想・方法論として、新たな品質論、品質管理論が構築されつつあります。
私たちがこのシリーズで提唱している真・品質経営もその一つです。
■品質管理の思想と方法論の深遠さ
私が品質管理に取り組むようになったのは1970年代半ばです。
大学での専門が応用統計であり、統計学の当時の有力な応用分野が品質管理でしたから、自然な成り行きでした。
それから約40年ということになります。
1970年代半ばの日本の品質管理の関心は、設計プロセスにおいて、いかに品質を作り込むかに重心を移していました。
私も、製造プロセスとは異なり、1回しか実施しないように見える設計・開発をうまく行うために、どのような技術・知識インフラを整備し、どのような思考プロセスで実施すべきかの考察に強い関心を寄せて考察を続けていました。
こうした経験をしたものですから、多くの人が品質管理を大量生産品の統計的管理のための手法と矮小化して理解しているのとは違って、私は早い時期から、品質管理というものが、およそ目的達成のための筋のよい哲学と優れた方法論を与えていると感じるようになっていました。
品質管理の思想と方法論をマスターすると、人も組織も頭が良くなると思います。「頭が良い」とは、「目的を考える」、「因果関係を考える」、「本質を把握できる」などの程度をいうと考えられます。
品質管理における基本哲学は顧客志向ですが、これはことの良し悪しを外的基準で考えることを意味し、換言すれば目的志向の行動原理にほかなりません。
品質管理においては、品質を達成するためにシステムに注目し、プロセスで品質を作り込むことを原則としています。
これは結果を得るために手段を考える、手段と結果の因果関係を考察することにほかなりません。
品質管理においては、問題を分析することによって一般化した再利用可能な本質知を獲得しようとします。
品質管理に真摯に取り組むことによって、人も組織も賢くなると心から思います。
こうした品質管理の深遠さに思い至ると、この経営科学は、現代の経営にも十分に通用すると思えてなりません。
■顧客志向をビジネスの視点で見る
わが国の高度経済成長を支えた日本的品質管理(TQC)をひとことで言うのは難しいですが、「品質を中核とした、全員参加による改善を重視する経営管理の一つのアプローチ」と表現できるでしょう。
このように、TQCの特徴は三つのキーワード、「品質」、「全員参加」、「改善」に凝縮されます。
組織は、顧客にその組織のアウトプットである製品・サービスを提供することによって存続することができます。
TQCには、そのアウトプットの品質を経営の中核に置くべきであるという哲学があるのです。
そして、アウトプットの品質を確かなものとするには、それを生み出すプロセスの品質を上げなければならないと教えているのです。
TQCはまた、組織のアウトプットの品質を達成するために、組織を構成する全員による参画が効果的・効率的であることを証明してきました。
品質を確保するためには、固有技術とその技術を活かす管理システムの双方において高いレベルが要求されます。
TQCは、いついかなるときも不十分なこれらの技術および管理システムを改善するよう推奨し、そのための豊富な道具も提供してきました。
TQCは古典的な経営学(経営論)にあきたらなかった経営者を引きつけました。
それは「品質(=顧客満足)」のための「マネジメント(=合理的目的達成行動)」という、古典的経営論で強調していなかった新しい考え方や方法論が、競争力のある企業の基盤を構築するうえで有効で魅力的だったからです。
このように、品質管理には、「品質」という概念を通して、事業においては、利益そのものを直接求めるのではなく、徹底した顧客志向の結果として合理的な利益が得られ、その利益が顧客価値提供という事業を持続するための原資になるという考え方がありました。
現代の成熟経済社会、変化の激しい時代、その難しい環境における事業運営を考えるとき、この「品質」概念を思い起こすことが、非常に有用であると思います。
それが、このシリーズで繰り返し申し上げてきた、「価値」、「能力」、「システム化」、そして「変化」という考え方です。
すなわち、事業の持続的成功のためには、以下の4つの視点が有用であると思います。
1)顧客価値:誰に(顧客)、何を(価値)、どのように提供するのか
2)競争優位:どの価値、組織能力・特徴で、競争優位性を確立するか
3)システム化:競争優位を日常的にどう実現し、維持していくのか
4)変化:事業環境の変化に日常的にどう対応するか
■成熟経済社会の経営
どのように時代が移ろうと、事業とは持続的な顧客価値提供マネジメントであることに変わりはありません。
成熟経済社会期を迎えた現代の経営において、顧客に価値を提供するという事業を持続的に行うための経営の方法論が、是非とも必要です。
その経営スタイルは、どこに軸足を置くべきなのでしょうか。
それこそ様々な論がありそうですが、このシリーズでの考察を踏まえると、以下のように整理できるでしょう。
・顧客価値提供の基盤確立
・組織能力像の認識
・変化への対応
・自律型精神構造の確立
第一に「顧客価値提供の基盤確立」を挙げました。
成熟経済社会を迎え、あらためて事業の原点に返り、経営基盤としての製品・サービスを通した顧客価値提供を確固たるものにする必要があるでしょう。
そして、基本の尊重、愚直、誠実をモットーとした経営が望まれます。
変化の時代に、軽薄に対応するばかりでなく、変化の時代だからこそ、顧客価値提供の視点で基本に忠実な経営を守っていきたいと思います。
第二に「組織能力像の認識」を挙げました。
競争環境での価値提供において、持続的成功を現実のものとするために、事業環境の変化に応じて自らが有すべき「あるべき姿」を認識し、必要とされる「能力」を確保し維持し向上していくことを重要視するような経営を期待します。
第三に「変化への対応」を挙げました。
繰り返しになりますが、成熟経済社会は変化が激しいです。
量的な変化はわずかですが、質的な変化は大きく頻繁です。
こうした変化の時代において、変化を認識し適切に対応できるような経営をしていきたいものです。
そのためには、変化の認識、すなわち環境変化の把握と変化の意味の理解・洞察と、変化への対応、すなわち的確な戦略と旺盛な実行力を基本とする経営スタイルを貫きたいと思います。
第四に「自律型精神構造の確立」を挙げました。
変化の時代の経営の基本として、適応・対応から提案・創出へという価値観が重要です。
悠然と変化していく社会であるなら、状況対応型の経営で成功できるでしょう。
しかし、激しく変化する事業環境にあっては、それでは時代遅れになりかねません。
時代のニーズ、価値観を先取りする提案・創出が望まれます。
これを可能にするためには、時代を見る目、自らの価値基準、そして先頭に立つ勇気を持つことを認める経営スタイルを確立したいものです。
■おわりに
今回で、「テーマ1:成熟経済社会の真・品質経営モデル」の「序論」と「概念編」は終了します。
このテーマのもとで、少し時間を置いてから、この経営モデルの導入・推進のステップ、方法、ツール類をご紹介します。
次は、すでに第1回が9/24に配信されているのですが、10回余りで、先ごろ発行されたISO 9001の本質を語る「ISO 9001:2015改正版のこころ」をお送りします。
その後は、来年1月から、「品質マネジメントの基本」シリーズを開始いたします。
これからも中身の濃いメルマガを発信し続けます。どうぞご期待下さい。
(飯塚悦功)