概念編 第2回 顧客価値を起点に事業を再考する(2015-06-01)
2015.06.01
前回のメルマガの最後で,“製品・サービスを介して,顧客にどのような価値を提供している(すべき)でしょうか?”という質問をさせていただきましたが,明確な回答が得られたでしょうか.
今回は,顧客価値を明確にすることのメリット,すなわち顧客価値を起点に現在の事業を如何に再考できるか,についてお話しさせていただきたいと思います.
第1に,明らかにした顧客価値が,現在お付き合いしているお客様との間で如何にマッチングしているかを検討することをお勧めします.
確かに顧客価値はお客様があなたを選んでいる(または選ぶであろう)理由・根拠になるのですが,
Question1:
それは本当にお客様にとっての優先事項なのでしょうか.お客様側が抱えている重要な問題・課題の有効な策になっているのでしょうか.
これらの質問に対する回答がYesでないのであれば,その顧客価値は残念ながらひとりよがりのものであり,本当の意味で顧客にとって価値あるモノではありません.
また,お客様を取り囲む環境も変わるために優先事項自体も変化してしまいますし,お客様自身がそれに気が付かない場合も少なくありません.
したがって,たとえ過去のある時点ではお客様にとって意味のある価値を提供できていたとしても,今現時点においてもそうである保証は何もありませんので,このQ1を準備しています.
これと関連して,次のような検討もよく行います.
Question2:
あなたが提供する顧客価値を評価してくれるお客様と,現在あなたがお付きしているお客様の間にどのようなギャップがあるのでしょうか?
現在あなたがお付き合いのあるお客様は,何もあなたがお届けしたい顧客価値を評価してくれるお客様だけを選んできた,ということではないと思います.
お客様とのお付き合いが始まったきっかけはいろいろありますし,積極的に営業をかけてこなかったところから注文があることも当然あります.
要は,お付き合いしているお客様も一様ではなく色々いる,ということです.
重要なことは,あなたがお届けしようとしている顧客価値を評価してもらっている(もらえそうな)お客様が誰であるか,を明らかにすることです.
このQ2の重要な示唆は,現在お付き合いしているお客様の中で,ビジネス上において最も重要なお客は誰であるかを認識することと同時に,現在お付き合いのないお客様についても,近い将来においてあなたとうまくお付き合いできそうなお客様がどこにどのぐらいいるのかを把握することの2点です.
ある自動車向けプラスチック射出成形部品会社では,3つの重要な顧客価値を特定したのち,その顧客価値を評価してくれるお客様はどんな人であるか,そのプロフィールを明らかにして,自動車業界以外においても自社の顧客価値を評価してくれそうな,同様なプロフィールを持ったお客様の洗い出しを実践していました.
別の看板サイン製作・施工会社の例では,自社が提供している顧客価値を最も評価してくれているお客様を特定して,そのお客様と長期的なお付き合いを如何に続け,リピート注文を頂けるかにフォーカスした活動を進めているところもあります.
両方とも,顧客価値を起点として事業の多角化や集中化を行っている好例です.
また第2に,お客様とのマッチングだけでなく,競合との関係も検討できます.その最初によくする質問は以下の通りです.
Question3:
その顧客価値は競合との明確な差別化ができているのでしょうか?
競合相手もあなたと同じように,その市場での生き残りをかけて何らかの顧客価値を届けようとしているはずです.
その競合の顧客価値と比べて,あなたが提供しようとしている顧客価値はユニークなものでしょうか.
競合と同じ顧客価値を提供しようとしている場合であれば,お客様にとって意味のある差異,すなわち優位性を保てるようになっているでしょうか.
顧客価値を明らかにするとき,ついついお客様と自社の間のことだけを考えがちですが,競合相手のことも忘れずに考慮したいものです.
Q3への回答がYes!とはっきり言えないとしても,それほど悲観することもありませんし,悲観しても何も始まりません.
むしろ,それに気づいたことをチャンスと捉え,明確な差別化ができた顧客価値をお客様に届けるようにすることが重要だと思います.
競合との関係でもうひとつ検討しておきたいのは,
Question4:
顧客価値から見て,そもそも競合とは誰なのでしょうか?
という点です.
お客様先でのコンペでよく出くわす相手でしょうか.
もちろん,それは有力な競合相手になりますが,それだけでしょうか?
今,本屋さんに行けば,異業種・業態からの新規参入について書かれている本がたくさんありますが,これは,競合相手は何もあなたと同じ業種・業態の会社だけとは限りませんよ,という重要なメッセージを送っています.
また,同じ業種・業態の会社でも競合相手にならない場合もあります.
例えば,前回挙げたスターバックスの競合はドトールコーヒーなのでしょうか.
ある会社の営業担当のK氏がお客様先への外回り中,15分ぐらい約束の時間より早く着いて時間をつぶそうと思ったとき,ドトールに入ればすぐにコーヒーが出てきますが,スターバックスでは注文を受けて作り始めるので,それなりの時間がかかります.
たぶん,K氏にとって短い時間をつぶすための手段としてスターバックスは選択肢の中に入っていないでしょう.
つまり,この意味でスターバックスとドトールは競合していない.
スターバックスが提供する顧客価値が“自宅でもない,会社でもない一人でホッとできる空間”であるとすれば,真の競合はホテルのロビーラウンジなのかもしれません.
ということで,我々は顧客価値という視点から競合を見定めることを勧めています.
第3に検討したいことは,顧客価値を届ける手段である“製品・サービス(提供プロセスも含む)”そのものについてです.
ご存知の通り,製品・サービスの設計のアウトプットは仕様書になるのですが,その仕様書は顧客価値を如何に確実にお客様に届けるかの視点から決めることが重要だと考えています.
したがって,既に何らかの製品・サービスを作って提供している場合には,その観点から見直すことが可能です.
よく投げかける代表的な質問をいくつかご紹介します.
Question5:顧客価値から見て,その仕様書の中に過剰な部分はないでしょうか?逆に,足りない部分はないでしょうか?
Question6:あなたが届けたいと思っている顧客価値と,製品・サービスを介して実際に届いた顧客価値の間にギャップはないでしょうか?
Question7:(同業種・業界の平均値だから,ではなく)顧客価値から見て,その製品・サービスの価格は妥当なのでしょうか?
いずれの質問も,顧客価値を起点にして製品・サービスの仕様の見直しにつながるものです.先ほどの看板サイン製作・施工会社の例では,Q5の質問によって自社が力を入れたいと思っていたが,顧客価値から見ればそれほど重要でない仕様が見つかりました.また,Q6によって,自社の良さを評価してくれていないお客様の中には,届けたい顧客価値を実際にお客様に届けられていないからであるという事実があることも判明しました.これらの結果から,顧客価値を確実にお客様に届けるために適切な製品・サービスの仕様を決めることに役立つことが考えられます.Q7については,価格を上げることは既にお付き合いしているお客様に対しては難しいのですが,これからの新規のお客様については,届けたい顧客価値を確実に伝えることで,従来と比べてより良い価格帯でビジネスを行うことも可能です.
顧客価値を明確にすることのメリット,すなわち顧客価値から事業を再考することの意味をご理解いただけましたでしょうか.
また,そのための7つの質問を紹介しました.
是非,ひとつでもよいので,トライしていただければと思います.
次回は顧客価値の最終号で,品質経営における顧客価値提供の重要性や意義を改めて述べたいと思います.
(金子 雅明)