序論 第3回 変化の時代を生きる(2015-05-18)
2015.05.18
■変化の時代に求められる経営スタイル
成熟経済社会は、「新・品質の時代」でもあると申し上げました。
品質概念を拡大・深化させ、「ホンモノ」の製品・サービスを提供しなければならないとも申し上げました。
成熟経済社会における経営スタイル、拡大・深化した品質を中核に置く経営スタイルとは、どのようなものなのでしょうか。
様々な視点があり得ますが、例えば以下のような点を指摘することができかもしれません。
①価値の追及能力:成熟経済社会においては、製品・サービスに対するニーズの多様化、高度化、複雑化が起きます。顧客視点での価値の追及、顧客価値創造、個客(個々の顧客)、カスタマーイン(個客のニーズに応える価値提供)、顧客ニーズ発掘、提案に関わる能力が重要になります。
②経営インフラ充実への対応能力:情報技術・物流技術の進展を基礎とする経営インフラ充実への対応が重要となります。これらインフラの充実により、顧客価値提供方法の拡大、深化、進化が起き、新たなビジネスモデル、サービスモデル、製品・サービス提供モデルも生まれます。
③変化への対応能力:成熟経済社会は質的変化が速いという特徴があります。周囲を知り組織内でその知見を共有し、自己変革により実現する「あるべき姿」を描き、現状とのギャップを解消する革新を行うことにより、持続的な成功が可能となります。
④ストック型ソフト経営リソースの重視:日本人は、インプットからアウトプットへの変換、すなわちプロセスには敏感ですが、経営インフラ、経営資産には、それほど鋭い感覚は持っていません。
成熟経済社会においては、規模の拡大は望めませんから、質的変化を伴う新たな価値の創出によって顧客に受け入れられ続けるようにしなければなりません。
そのために知的プロセスを支える知的資産、技術・知識、そして優秀な「ひと」をどれだけ有するかが重要となります。
有形のモノを大量に作り、製造コストと売価の差を利益の源泉にするモデルとは異なった収益構造を設計しなければなりません。深遠なる意味でのナレッジマネジメントが重要です。
■変化への対応能力
成熟経済社会は変化が速いことに留意しなければいけません。
「成熟」という表現から「保守性」を連想するかもしれませんが、成熟経済社会は、保守的な人・組織には生きにくい環境です。
変化の時代を生き抜くためには、変化に迅速・的確に対応していかなければならないからです。
変化の時代に必要な能力、それは第一に変化を知り、その意味を理解する能力、第二に自己の強み・弱み、特徴を認識する能力、第三に変化した暁に実現すべき自らのあるべき姿を自覚する能力、そして第四に自己を変革できる能力です。
すなわち、事業において何を変えなければならないかを正しく認識して対応するためには、事業環境の変化を知り、その変化が事業にどのような状況変化をもたらすかを理解し、一方で自己の特徴を再認識しつつ、自らが有すべき新たな時代に必要な組織能力像を明確にし、現実に自身を変えることが必要です。
社会経済構造が変化し、したがって競争優位要因が変化してしまったこの成熟経済社会において、経営において持続的な成功を収めるために、どう考えどう振る舞えばよいのでしょうか。
原点に返って再考し、この成熟経済社会期という変化の時代に自らの思考の枠組みを再構築することが必要であると思います。
ここまで、日本の経済社会の半世紀に及ぶ推移を考察し、いまこそ成熟経済社会における事業運営を再考する必要があると示唆してきました。
実は、ことは日本には限定されません。欧米先進国はもちろんのこと、先進国との取引の重みが増している開発途上国にも同様の課題があります。
グローバル化した経済社会においては、世界を挙げて、成熟経済社会にふさわしい事業運営が求められているのです。
まずは、時代が変化したことを明確に意識しなければならないでしょう。
そして、かつて成功した時代のビジネスモデルが成立しにくいことを理解し、新たな経営スタイルを確立しなければなりません。
そのための有益な視点は、「顧客価値提供」に焦点を当てた「持続的成功」であると思います。
■顧客価値提供に焦点を当てた持続的成功
成熟経済社会期は変化の激しい時代です。
変化の時代の経営に求められること、それは事業を持続的に成功させていくことです。
どのような事業環境にあっても事業を成功させること、これを「持続的成功」と呼ぶことにします。
この世のどのような組織も、社会的に意味のある価値を提供するために設立され運営されると考えたいものです。
そのような組織には、製品・サービスを通した価値提供における存在意義が認められている証左としての「持続的成功」が望まれます。
ここで「成功」とは、価値提供において顧客やその他の利害関係者に認められ受け入れられることを、また「持続的」とは、事業環境の変化に対応し続けていることを意味します。
持続的成功とは、持続的な高収益そのものではないことに注意していただきたいと思います。
もちろん、顧客に認められ続けるという意味での持続的成功によって、持続的な高収益が実現できるでしょう。
でもそれは、高収益そのものが成功を意味せず、成功の結果として高収益になるという意味です。
次回以降の連載記事で、「顧客価値提供」という視点で「経営における品質の意義」を理解したうえで、その品質のためのマネジメントシステムのあり方を考察したいと思います。
顧客価値提供は競争環境において展開されるので、当然のことながら競争力、競争優位についても考慮します。また事業戦略の実現に貢献できるQMSのあり方についても考察します。
事業戦略とか、競争優位とかいうと、経営の様々な側面、例えば技術、生産、販売、調達、財務、人事、国際などについて、○○戦略と称する計画を作るとか、各領域における強み・弱み、機会・脅威などについて議論し、それらを総合することをイメージするかもしれません。
でも、いま試みたいのは、QMSによって生み出される製品・サービスを通して提供される顧客価値とその競争力を基軸にして考察することです。
優れた製品・サービスを創出するためにどのようなマネジメントシステムを有していなければならないかを考えるという意味で、目的志向の検討方法といえます。
■顧客価値提供における重要概念
次回以降で詳しく考察しますが、ここで、品質マネジメント、すなわち顧客価値提供マネジメントにおいて持続的成功を実現するために必要な基本概念のさわりを説明し、次回以降の連載記事の予告としておきましょう。
①価値:製品・サービスを通して顧客に提供される価値
顧客に提供しているものは製品・サービスそのものではなく、それに付随する価値です。その意味では、製品・サービスは価値を提供するための手段、あるいは価値の媒体といえます。
「品質」とは、提供価値に対する顧客の評価であり、そう理解したときに、品質マネジメントの概念と方法論を拡大・深化し、現代の経営にふさわしい形に進化させることができます。
②能力・特徴:価値提供を具現化できる力、及びその力の源泉
能力として関心があるのは競争優位要因です。競争優位の観点から持つべき特徴・能力の全体像を「組織能力像」と呼ぶことにします。
③事業シナリオ:想定した事業構造のもとで持続的成功を可能にする目論見又は筋書き
競争環境において、どのような特徴をもった顧客に、自組織及びパートナーのどのような能力・特徴を武器に、どのような製品・サービスを通して、どのような価値を提供し、事業を成功に導くかという構想です。
④システム化:持つべき組織能力のQMS実装
マネジメントシステムを構成するどのプロセス、どのリソースのどの側面が、持つべき能力を具現化するものであるか分析して、それらのプロセス、リソースに反映できるように設計し、体系的に運用できるようにします。これこそが、持続的成功のためのQMS設計・構築・運営というべきであって、単に既存のQMSモデルを形式的に適用しただけのものに比べ、優劣はあまりにも明らかです。
⑤変化への対応:事業環境の変化への適切な対応
事業環境の変化の様相とその意味を理解し、組織の特徴を考慮しつつ、変化した事業環境において組織が持つべき能力を認識し、そして持つべき能力を具現化するため自己を革新します。
さらに、変化への対応自体のシステム化、すなわち適時適切に変化に対応できるように、事業パフォーマンスやQMSの評価、改善・革新の必要性の判断、革新の具体策の立案、革新の実施のためのプロセスをQMS要素として実装することが必要です。
■真・品質経営モデル
これまで3回にわたって、現代の成熟経済社会に求められる事業運営のあり方について考察してきました。
それが、顧客価値に焦点を当てた持続的成功をめざした品質経営であるということが、ある程度は論証できたと考えます。
このようなスタイルの品質経営の基本的考え方は、この数十年にわたって適用されてきた品質管理・品質経営と変わりません。
しかし、品質の意味やマネジメントの方法論を時代のニーズに合わせて拡大・深化させる必要があります。
そのような品質経営の一つのモデルが、今回と前回の2回にわたり述べてきたような品質経営です。
これを「真・品質経営モデル」と呼ぶことにします。
真・品質経営モデルの中心概念は「持続的成功」です。
「成功」のためには、提供すべき顧客価値を明確にしなければなりません。
競争環境にあって競合に伍し、競争優位を実現するために必要な能力を明確にし、現実に保持しなければなりません。
この能力を日常的に実現し維持していくためにQMSを構築・運営しなければなりません。
そして「持続的」であるためには、変化に適切に対応していかねばなりません。
次回からしばらく、超ISO企業研究会副会長の金子雅明さんが、これらについて、少し詳細に考察していきます。
(飯塚悦功)